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◇ ◇ ◇
「あれ? えっと野村さん?」
退社時、エントランスを出たところで突然声を掛けられた。振り向くと、先日挨拶した──。
「あ、今野さん、ですよね? まだお仕事ですか?」
「覚えててくださったんですね。いえ、もう終わって直帰なんですよ。……よかったら食事でもどうですか?」
また会いたいと思っていた、憧れの彼に誘われたことに気分が舞い上がる。
「はい、ぜひ」
「じゃあ行きましょう。好き嫌いあります? 特別食べたいものとか」
「いえ、何でも結構です」
こういう時は具体的に何か挙げた方がよかったのだろうか。答えた後で迷う沙英に、彼は笑って駅の方角を指した。
「じゃあ、大きな駅まで出ましょうか。おすすめの店があるんですよ、イタリアンの」
「はい! イタリアン大好きです」
大通りから一本入った、あまり目立たない場所の小さな店。食事ももちろん美味しかったが、何よりも宗史と共有した時間を楽しんだ。
その日は食事だけで、連絡先を交換して別れる。
それが始まりで何度も会うようになり、特別な関係になるまでさほど時間は掛からなかった。
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