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 浮かれていた愚かな沙英の目を覚まさせてくれたのは、オフィスに掛かって来た一本の電話だった。  外線を示す着信音に、最も近くにいた沙英が広美を制して出る。 「はい、お待たせいたしま──」 『あの、野村さんはご在席でしょうか?』 「野村は(わたくし)ですが……」  聞き覚えのない女性の声。  そもそも、まだまだ新人の部類の沙英を名指しする業務連絡などほぼ存在しないのだ。 『野村、沙英さん?』 「はい、そうです。……あの、失礼ですが」 『今野 美和子(みわこ)。──今野 宗史の妻です』  つ、ま。妻……?  単語の意味を理解した途端、衝撃のあまり受話器を取り落としそうになった。 『あなたの携帯に直接掛けてもよかったんだけど、知らない番号からじゃ出てくれないかと思って。職場に掛けちゃってごめんなさいね』 「い、いえ、……あ」 『何も言わなくていいわ。そこでは聞かれたくないでしょ? 会って話したいから折り返してもらえる?』  番号言うから控えて、とどこまでも落ち着いた彼女の声に、どうにかメモを取る。 『それじゃ。すぐじゃなくていいから掛けて来てください』  用件だけ告げて、沙英の返事も待たずに美和子は一方的に通話を終えた。 「野村さん、どうかした? 顔色良くないよ?」  広美の心遣いにどう返したかも記憶にない。  終業までの時間、どうにか座った姿勢を維持するのが精一杯だった。
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