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「噂だけど、あの人毎年新人女子片っ端から目つけて誘い掛けたりしてたらしいから。野村さん、クズ男に標的にされなくてよかったわねぇ」
「あ、あの。本庄さんが最初に注意してくださったので、その……」
何も知らないだろう千嘉が気遣ってくれるのに、一瞬喉が詰まったがどうにか言葉を続けた。
「さすが本庄さん、抜かりないですね!」
「そりゃ年期入ってるからね」
「何言ってんですか! まだアラサーお姉さまでしょー」
広美と千嘉の掛け合いのような会話に、思わず割り込んでしまう。
「そうですよ! 本庄さんは私なんかが言うのも失礼ですけどすごくお綺麗だし、何でもお出来になるし、それに──」
「やめてやめて! なんなの、褒め殺しか!?」
入ったばかりで何も知らない小娘だから、御しやすいと侮られていたのか。
たとえ既婚者だという事実が露見しても、沙英は絶対に公にすることなどはないと低く見られていたのだろう。
「実際さぁ、可愛い後輩にくだらない男に引っかかって欲しくないと思うの当然じゃない? 加藤さんもそう思わない?」
「いや、思います」
真顔で答える千嘉に、自分は本当にいい先輩に恵まれた、と改めて感謝する。
ないに越したことはないが、もし同じようなことがあったら今度は自分も助ける側に回りたい。
相手が以前の沙英と同じく、聴く耳を持たない愚かな人間ではないことだけを期待しよう。
残念ながら、己は表立って何か言える立場ではなかった。法や常識ではなく、沙英の感覚ではそうなのだ。
しかし、美和子は違う。
彼女には、あの男を合法的に追い込む資格がある。『妻』の立場は相当に強固だ。
実際に会って話した印象からも、美和子は意志が強く感情に流されることはなさそうだった。
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