嫁入り娘

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 山道を登り、深い木々を抜け、わたしはその村へと着いた。  険しく、楽な道のりではなかったが、若く丈夫な身体であれば、きちんと乗り切ることができた。  わたしの身内には、病がちな者もおらず、父は元気でよく働く男だった。  母も、出産によく耐え、産んだ子はひとりも欠けずに十を超えて育った。  だからこそ、「よそへ嫁がせても恥ずかしくない」と、わたしに白羽の矢が立ったのだ。  「お嫁さま、遠いところをようきなさった、ようきなさったな」と。  気の利いた言葉はなくとも、村人はみな、素朴な微笑で手放しに喜んでくれた。  その言葉遣いが、すこしばかり丁寧さを帯びているのは、わたしが「余所者だから」というだけでは、多分ない。  わたしの嫁ぎ先が、他ならぬこの村の「長」だから。  そのせいなのだろう。  門柱の間を抜けて、屋敷の中へと入っていく。  寄り合いや行事に使うのだろう、前庭は広々としていた。  一番奥まったところに、まだ新しい小さな離れが作られていた。  わたしはそこで寝起きをするように言われる。 「あの、旦那さまは……」  中年の男を振り返り、わたしは尋ねた。  その男は、使いとしてわたしの村にやってきた、あの人当たりの柔らかい中年の男だ。  妻と二人で、わたしを迎えに来てくれたのだ。 「……ご挨拶など致したいのですが」  おずおずとそう付け足すわたしに、中年男は小さく笑む。 「むらおさには、じき、お目にかかれますて」    どういうことなのか。  めおととなる相手に、今日は会うこともできないと?  怪訝に押し黙ったわたしに、男の妻がなだめるように、ささやくようにこう言った。 「おいおいに、いろいろと落ち着いてからで、な?」  そんな生煮えの芋のような言葉だけ残して、ふたりはいそいそと去っていく。  わたしは、嫁入りに持たされた荷物とともに、ひとり、その離れに放置された。  ほったらかし……とはいえ、無視され捨て置かれたということではない。  二日に一度は風呂をもらえたし、一日に二度、「おまんま」が運ばれてくる。  しかも朝餉から、温かい汁物もついていた。  わたしはそれを食べるだけ。「上げ膳据え膳」の「お姫様暮らし」だった。  夕餉を運んできてくれる村の女と、少しばかり話しをすることはあったが、それくらい。  離れにひとりぼっちの日々が、何日も続いた。  もともとが百姓の身。  こんな毎日では、さすがに尻の置き所もなくなる。  たまりかねて、ある朝、わたしは裾をまくって立ち上がり、井戸端へと向かった。  なんの勝手もわからぬ場所……とはいえ、せいぜい「水汲み」くらいはできるだろう。  けれど、立ち働いていた男女は、わたしの姿を見るや否や、戸惑いながらもあわてて、離れへと追い返した。  とはいえ皆、素朴ながらも穏やかで優しげな様子は変わらない。  特に「感じが悪い」といった風でもないのだ。  そして、あの中年男とその妻が、離れへとやってくる。 「こんな、何もせずに無駄飯ばかり喰らっておりましても……」  わたしは堪らずそう訴えた。けれど、 「なんも気にせんで、しばらくはゆっくりしておられよ」と、中年男がわたしを宥める。 「あの、旦那さまには、いつ……」  尋ねるわたしに男の妻が、 「そうなぁ…明日の晩に、村の宴がありよるから、その時にはお目にかかれますて」と。  どこか「仕方なさげ」に告げた。  本当に、いったいどういうことなのか。  ひょっとして、嫁としてふさわしいかどうか、「品定め」でもされているのか。いまさらに。  それにしても、よくわからない。 *
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