吟遊詩人とヘヴィメタル

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 険しい尾根が連なる山脈の麓にある小さな街に辿り着いた。  周りを見回すと、聖都に向かう旅路で一息つく武器商人や、新たな冒険を求めて地方から出稼ぎに来た傭兵達で賑わっていた。  腰に巻きつけた巾着袋(きんちゃくぶくろ)の中を覗くと銀、銅貨が数十枚だけ。そろそろ路銀(ろぎん)も底を尽き始め心許(こころもと)()い。小銭を稼ぐには丁度良いかもしれない。  俺はつば付き帽子を逆さにして路面に置き、煤けた煉瓦作りの壁にもたれ掛かった。  (さお)に左手を添えると、右手で思い切り弦を叩き弾く。  この異様な音色の響きに、辺りを散策していた旅人達は足を止める。  続けざまに十六弦の織りなす無限の音階で、ハイテンポな(はく)を紡ぎ出す。    この圧倒的な音圧領域に囚われた民衆は一歩たりとも足を動かすことはできない。  そこで俺は思い切り息を吸い込むと、胸に詰まった想いのたけを成すがままの言葉で吐き出す。  怒涛の音の稲妻を轟かせ、嵐を呼び、吹雪をなびかせ、そして静かな風をそよがせる。  楽曲を弾き終えると、呆然と立ち尽くす人々の姿が乱れた前髪の隙間から見えた。  ただ一人、落ち着いた様子で拍手をする青年を除いて。  その青年は帽子の中に硬貨を落としてくれた。チャリンという音が静かに響く。中を覗くと金貨が一枚入っていた、ありがたい。 「変わったリュートですね。今まで聴いたことのない重厚感のある音色だ。失礼、私も吟遊詩人でしてね、楽器に興味があるのです。それはなんという名の撥弦楽器(はつげんがっき)でしょうか」黒髪をなびかせる美男子が俺に優しく微笑みかけた。 「西方の島国にある遺跡で発掘したエレギタラという聖楽器(せいがっき)だ。電奇(でんき)という古代魔術で音を奏でる」 「あなたも聖楽器所有者(ホルダー)なのですね。私も東方の僧侶から譲ってもらった邪味線という呪力を纏った聖楽器を愛用しております」  背中に背負った楽器が差し出されると、漆黒に染まるスラリと長い棹が目に入った。 「ほう、蛇革が使った三弦の異国の聖楽器か。どんな音を発するのだろうな」 「よろしければ、共奏(セッション)でもいかがしょう?」 「面白いな……、俺の楽曲は少し変わっているが、演奏についていくことができるかな?」 「さきほどお聴きして大体掴みました。おそらく大丈夫かと」  青年は俺の横につくと楽器を構え、細長い指先を弦の上に添えた。  俺が楽器のボディを三回叩くのを合図に演奏を始めると、青年は甲高い音色をリズムに合わせて(かな)で始めた。  エレギタラの重層的な低音の響きに邪味線の高音で繊細な音階が重なり、俺だけでは表現できなかった立体的音域が広がっていく。  大地を揺らすように俺が音を響かせると、彼の音は天高く舞い上がり雲を突き抜けていくかのようだ。  これは俺が実現したかった夢に一歩近づくことができるかもしれない——
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