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コロシヤの少女。
「早く逃げろ!」
「いや、いやよぉ! あの子をおいていけない!」
「ああなったら手遅れだ! お前だって分かっているんだろう!?」
狂ったように泣きわめく妻に、夫は声を荒げた。
「お母サン……」
愛らしい風貌の少女が、夫婦に向かってゆっくりと歩いてきた。
ほころぶような笑顔を浮かべ、手には引きちぎった兄の腕を持って。
「おいしイヨ。オ父さんにモあげルネ」
そう言いながら、少女は兄だったものを差し出してきた。
姿形は以前と変わらない。
しかし、その目はもはやオニビトのものだった。
白目が赤く染まり、青かったはずの瞳は細く長い金色に変わっている。
ここアローナ王国の人々は、生まれつき体の中に晶石を持っている。
そのため、他国の人々より体力も魔力も勝り、また寿命も二百年ほど長かった。
だが、晶石には障気を吸収しやすいという特徴があった。
通常ならば、己の生命力や精神力で浄化できる。
しかし、出来なかったものはオニビトへと変わってしまう。
オニビトは人を喰う。
人であった時の記憶を持ち、人と同じように振る舞う。
だが、普通の食事を受け付けず、人を喰うのだ。
オニビトは第一種処理対象でありながら、たいがいは通報が遅れ犠牲者が出る。
そして、犠牲者は身内がほとんどである。
家族が、以前と変わらぬオニビトに通報をためらうためだ。
オニビトは決して元の人間には戻らない。
その首を落とさなければ、死ぬこともない。
だが、人をやめたオニビトの力ははかりしれない。
街の警備隊程度では止める事すら難しい。
「お母サン……、おいしソウ」
少女が血塗れの口元に、愛らしい笑みを浮かべた。
「ひっ……!」
「やめろ!」
父親が、娘だったものの前に立ちふさがった。
少女はためらうことなく、父親の首を引きちぎった。
「いやぁぁぁぁ!!」
悲鳴をあげる母親に、少女は首をかしげた。
「お母さン、どうしタの?」
無邪気な様子で、母親に手を伸ばす。
その首が、ごとりと落ちた。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
銀の髪を無造作に一つに束ね、冷たいアイスブルーの瞳には何の感情も浮かんでいない。
「すまない。遅くなった」
母親はそれには答えず、落ちた娘の首をその腕に抱いた。
「ああ、可哀想に……! もう大丈夫だからね」
すでに正気ではないようだ。
「大丈夫。お母さんが、ちゃんと食べテあげるかラね」
「!」
娘の首を持ち上げる母親の目は、オニビトのそれであった。
銀色の髪の少女が、剣を握り直す。
闇の色をまとったその剣は、オニビトを殺すためだけに鍛冶師が打ったものだ。
少女の名はルーナ。
オニビトを殺すコロシヤだ。
ルーナはためらいなく剣をふるった。
娘の首を抱いていた母親の首が、ごとりと落ちた。
ルーナは剣を鞘にしまい、振り返ることなくその場を去った。
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