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教会。
「どうか、日々を安らかに過ごせますように」
エノオノーラは、教会に訪れた人々の祈りを聞いていた。
アローナ王国の人々は、みな信心深い。
いつ、家族や自分がオニビトに変わるか分からない。
その事が神への信仰を強くしていた。
中には怪しげな教えもあったが、エノオノーラの勤めている教会は、良くも悪くも昔ながらの教えであった。
劇的な救いはない。
ただ日々の平穏を祈り、感謝を述べる。それだけだ。
淡く赤い夕闇が訪れ、次第に教会から人の姿が消えてゆく。
やがて、完全な暗闇に変わった頃には教会にいるのはエノオノーラだけになった。
「お食事にしようかしら」
エノオノーラは台所に入り、かまどの火を起こした。
朝の残りのスウプと、パン屋のおかみさんが届けてくれた黒パンが今日の夕食であった。
ガチャン、と教会の重い扉が開く音がした。
教会は来るものを拒まない。例え、それが真夜中であったとしてもだ。
エノオノーラが教会の様子を見に行くと、一番奥のベンチに少女が腰かけていた。
銀の髪を無造作に束ね、腰には剣を下げている。
エノオノーラに気づくと、少女は静かに立ち上がった。
「すまない。開いていたので、入ってしまった」
「かまいません。神の家は、常に開いているのです」
「そうか、ありがとう」
少女は礼を述べると、壁にかけられた一枚の小さな絵に目をやった。
「お好きですか、あの絵?」
絵に描かれているのは、雪の結晶だ。
「いや……、うん、そうだな。好きだ」
一瞬、少女の口元に小さな笑みに似たものが浮かんだように、エノオノーラには見えた。
「私もです。綺麗ですよね、儚くて」
「儚い……」
少女はエノオノーラを言葉を反芻するように、小さく呟いた。
「私は、この教会に勤めておりますエノオノーラといいます」
「私の名はルーナだ」
名を告げたあと、ルーナはほんのわずか言い淀んだ。
「私はコロシヤだが、また、この絵を見にきてもかまわないだろうか」
コロシヤ。
オニビトを殺す、ただそのためだけの存在。
この国にとって必要不可欠でありながら、人々に忌避されている存在でもある。
「なるべく、ほかのものが来ない時間に来るようにするから……」
「いつでもどうぞ。お待ちしていますね」
そう告げて、エノオノーラはにっこりと笑ってみせた。
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