母と子。

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母と子。

 食事をしようと、ルーナは街の外れの酒場に向かっている途中であった。  コロシヤであるルーナにも、真っ当に対応してくれる数少ない店だ。  かつんっと、何かが背中に当たった。  振り返ると、真っ赤な顔をした幼子がルーナに向かって石を投げていた。 「ヒトゴロシ! おとうさんをかえせ!」 「やめなさい!」  母親が、幼子を抱きしめる。 「お父さんはオニビトになってしまったの。仕方なかったのよ……」  項垂れる母親の腕から逃れようと、幼子が暴れた。 「ちがうもん! いつものおとうさんだったもん! おみやげもってきたよってわらってた!」 「……」  その「おみやげ」が、幼子もなついていた祖父の引きちぎられた右半身であったことを知っている母親は、ただ黙って歯をくいしばった。 「こいつが、おとうさんをころしたんだ! ヒトゴロシ!」 「……」  ルーナは何の感情も浮かんでいない冷たいアイスブルーの瞳で、幼子を見た。 「すいません。この子はまだ小さくて、分からないんです」  そう言う母親もまた、ルーナを恨む気持ちがないわけではなかった。  仕方がない。  そう思っていても、誰かのせいにしたかった。  苦しめばいい。  私達家族のように、絶望すればいい。  そう思ってしまうほどに、憎かった。  母親の腕を、ルーナがつかんだ。 「駄目だ」 「え……?」 「あんたまで、オニビトになるな」  その言葉に、母親ははっと我に返った。  体内の晶石に、浄化できないほどの障気が蓄積されれば誰でもオニビトに変わる。  そうなってしまったら、もう手遅れだ。  おそらく、真っ先に喰らうのは腕の中で暴れている我が子だ。 「生きろ、その子と共に」  ルーナの言葉に、母親の目から涙がこぼれた。  夫がオニビトになってしまってから、多分初めて泣いた。 「おかあさん……?」 「ごめんなさい、分かっていたはずなのに……」  自分も子供も、彼女に守られたのだ。  分かっていたはずなのに。それなのに。  わぁわぁと声をあげて泣く母親につられるように、幼子もまた一緒に泣き始めた。 「大丈夫。……慣れている」  親子の泣き声に、ルーナの呟きはかき消された。      
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