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祈り。
その日、エノオノーラは街の外れに住む足の悪い老人に薬を届けに行った帰りであった。
いつものように市場を通り、馴染みの店主に声をかける。
「最近はどうですか?」
「まぁまぁかな。エノオノーラちゃん、よかったらこれ持っていくかい?」
はしっこで悪いけど、という肉屋の店主に礼を言い、エノオノーラはハムの切り落としたものを受け取った。
老人から、どうせあまるのだから、と押しつけられたみずみずしい果実もある。
今日は少し贅沢が出来そうだ。
そう思っていると、近くで悲鳴があがった。
「いやぁぁぁぁ!」
「オニビトだ、逃げろ!」
逃げ惑う人々に、エノオノーラは押し流されそうになった。
「エノオノーラちゃん、大丈夫かい!?」
人の群れの向こうから、肉屋の店主の声だけが聞こえた。
「はい! お気をつけて!」
そう答えて、エノオノーラも逃げようとした。
「ぎゃあああああ!」
背後から、恐ろしい声が聞こえた。
びしゃっと、背中が生暖かいナニかで濡れた。
「……」
息を飲みながら、エノオノーラはゆっくりと振り返った。
白目が赤く染まり、瞳は細く長い金色。
オニビトだ。
手には、引きちぎられた誰かの足を持っている。
だが、エノオノーラはその顔に見覚えがあった。
先日、結婚が決まったと嬉しそうに教会に報告に来てくれた男だ。
近くの血溜まりの中に、一緒にきていた婚約者の娘が真っ青な顔で座り込んでいる。
エノオノーラは、彼女の元に駆け寄った。
「逃げないと、早く!」
腕をつかんで立たせようとするが、娘は泣きながらかぶりを振った。
「なんで、なんで、なんで……!?」
「しっかりしなさい!」
「いやぁぁぁぁ!」
オニビトが、エノオノーラ達へとゆっくりと歩を進めてくる。
「あ……」
エノオノーラが恐怖に身をすくませたその時であった。
一人の少女が、オニビトとエノオノーラの間に割って入った。
銀の髪を無造作に束ね、手には闇の色をまとった剣を握っている。
コロシヤの少女、ルーナだ。
「エノオノーラ、彼女を頼む」
「は、はい」
オニビトと相対するルーナを見て、エノオノーラは妙な共感を覚えた。
ルーナのふるう剣は、どこか自分の祈りに似ている。
ああ、どうか、どうか、その魂の安らかならんことを。
一刻も早く、その苦しみに終わりがくるように。
悲しみの、憎しみの、連鎖が続くことのないように。
願わくば、救いを。
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