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 ある時、夫人の色褪せた世界が一変する。  夫が紅茶のバイヤーという男を、連れてきたのだ。  恰幅の良い爽やかな青年で、夫とは正反対だった。  珍しいネパール産やスモーキーな英国のものを溌溂とした声で説明するのだが、夫人の頭の中には何一つ残らなかった。  ごつごつとした手が掴むふたつの瓶を、羨ましいとさえ思った。  「奥様、またお邪魔させていただいてもよろしいですか」と屈託のない笑顔を向けられると、首を横に振ることはできない。  結局、この日、勧められた全種類を購入した。  「素敵な人…」  喜んで去っていく後ろ姿を眺めていると、ため息とともに思わず漏れた。
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