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 例の雫を、初めてカップへと垂らす瞬間は、息が詰まるほど緊張した。  悟られてしまっては元も子もない。  「朝食時か、それとも夕食後か。色の濃い、香りの強い紅茶は、どんなものが適しているか」  身につける洋服やアクセサリーを選ぶ以上に時間をかけて、じっくりと吟味した。  考えた末、ウバに溶かして、朝食と一緒に出すことに決めた。  思えば、これまでの人生において、何かを成し遂げたいと自ら行動したことは一度もなかった。  夫殺し。  これが、夫人が生まれて初めて明確に示した意志だった。  しかし、事は拍子抜けするほど、すんなりと進む。  夫はトーストとスクランブルエッグ、ウインナー、十種類の野菜を使ったサラダなどを次々と口に運び、最後に一気に紅茶を流し込むと、いつものように出勤していった。  あっけにとられた夫人は、腰を抜かし、ははっと自分の肝の小ささを嘲笑した。  それからは、日課として、流れるように紅茶を用意できるようになった。
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