キキミミ

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 ドクンドクンと音がする。  それが自分の体の中から聞こえていることに気づいて、あたしは目を開けた。  机を持ち上げた男子は、それを振り下ろしていなかった。それどころか、机ともども床に倒れ込んでいる。他のクラスメイトたちも情報の先生も、一人残らずその場に倒れていた。 「ワクチンプログラムを実行したよ」  直江はいつの間にか隣に立ち、満足そうに腕を組んでいる。 「感染経路を逆に利用してやった。蛇の道はヘビだね」 「これ、どうなってるの? これからどうするの?」 「どうって、待つだけ。あと十分くらいでみんな再起動するよ」  そう言うと、直江は情報の先生をまたいで自分の席に戻った。机の中から、気楽にも『走れメロス』を取り出して読み始める。しおりの位置は、以前とほとんど変わっていなかった。あたしが話しかけてたせいかな。  あたしは、机や椅子の間でぶっ倒れているみんなを見回した。楽な姿勢を取らせてあげた方がいいのだろうか? でも、あと十分だしなあ……。いさぎよく諦め、直江と向かい合って座る。とたんに疲れがどっと出て、机に突っ伏した。 「静かだ……」  叫び声も破壊音ももう聞こえない。その代わり、割れた窓から外の音が入ってきた。鳥の鳴き声に、木のざわめき、どこか遠くをトラックが走ってる。いつも聞いているようで、聞いてなかった音たち。頭のすぐ上で、直江が本のページをめくる。すごく静かだ。静かで、心地いい。静けさがこんなに安心できるものだったなんて……。さわがしさに慣れ過ぎて、すっかり忘れていた。  この静けさをもっと味わおうと、あたしは目を閉じて聞き耳を立てる。直江がふっと笑う気配がした。 「……だめだやっぱ静かすぎ。直江、朗読でも何でもいいからなんかしゃべって」 「お前、黙ってたら死ぬんか」  すぐに飽きたあたしの訴えを、直江は目もくれずに却下した。
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