キキミミ

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 帰宅の途中、突然おばさんに道をふさがれた。しきりに口をパクパクさせているのを見て、慌ててトーク・ルームをログアウトする。 『って言われたんだけどー?』 『うっそやばいやば』  会話が途切れた一瞬後。鼓膜のミュートが解除され、耳がおばさんの声でいっぱいになった。 「……つまでとぼけるつもりなの、あなた!」 「えっ、あの。どうかしましたか」  あたしが問い返すと、おばさんはものすごい形相になった。 「引っかけたところを見たんだからね。さっさと直しなさい!」  指さす先で自転車が倒れていた。言われてみれば、さっき通ったときにカバンが何かをかすめたような気がする。もちろん、わざとじゃない。ここの歩道はめっちゃ狭いし、あたしは中学生女子の平均よりちょっと横幅があるし。  でも、公共の場所で鼓膜をミュートして歩いてたことは事実だ。あたしはおとなしく戻って自転車を立て直した。おばさんが背後霊みたいについてくる。 「本当にすみませんでした、あの」 「あなた、南中学よね。このことは学校に通報するから。名前と住所、言いなさい」 「えっ」  思わず見返したら睨まれた。何を言っても聞かないわよって感じの目つきに、喉が詰まる。え、名前はともかく住所って。ふつう聞く? どうしよう、でも悪いのはあたしの方だし……。嫌な汗がどっと出てきた、そのときだった。 「でも、この自転車も悪いですよね」  メガネをかけた女子が、どこからともなく割り込んできた。あたしよりちょっと背が高く、体は細く、南中の制服を着ている。  おばさんが何か言うより早く、メガネ女子は歩道に目を向けた。車道との境に、町内会の花壇スペースが作られている。『花のタネを植えています。踏まないでね!』と書かれた立札の真ん前に、タイヤとスタンドの跡がくっきり残っていた。 「花壇の中は足場も悪いし、倒れやすくもなりますよね。まあそもそも花壇の中に停めるやつの気が知れないけど。ああでも、そこのマンションに監視カメラがありますね。町内会で調べれば停めたのが誰か、わかりそうですね」 「まっ……」 「もちろん、ぼーっと歩いてたこの子も悪いです。反省させます、ごめんなさいもうしません。じゃ、そういうことで。ほら行くよ」  流れるように言い放ったメガネ女子がおばさんを置いて歩き出す。うながされ、あたしも後を追った。 「ねえ!」  角を曲がったところで、ようやくメガネ女子を呼び止める。あたしはこの子を知っている。というか、同じクラスの。 「(なお)()サン、ありがとう」
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