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教室に入ると、自席でスマホを睨んでいたリナが顔を上げた。
「ヨシカ、昨日は途中で抜けたね。どしたん?」
「うーん、ちょっとトラブル」
あとで話すね! と言うと、いや別にいいわ。とスマホに戻った。ダルそうな顔つきはたぶん彼氏がらみだろう。そっちはしばらくほっとくことにして、あたしは席を離れた。始業前の教室はさわがしい。爆笑する女子グループの間を通り抜け、目的の席にたどり着く。
「何読んでるのー?」
覗き込むと、直江は読んでいた文庫本をさっと閉じた。けれど、一瞬見えたタイトルには覚えがある。あたしはウキウキして言った。
「『走れメロス』って、太宰治だよね。古い小説を百文字のあらすじにまとめてくれるアプリ、知ってる? それで読んだらけっこう面白かった」
直江は白けたような顔になった。あらら、せっかく共通の話題を見つけたと思ったのに。しかたないので本筋に戻る。
「昨日はほんと、ありがとうね。あれから、鼓膜ミュートはやってないよ」
「そう」
適当にうなずき、それで話が終わったと思ったのだろう。席から離れないあたしを見て、直江は眉をひそめた。
「何? なんか用?」
「うん。直江サンとはあんまり話したことなかったなって思って。トーク・ルームでも一緒になったことないよね。クラスのグループアカウント、もしかして知らない? なら招待するよ」
「いや、いい」直江は即答した。「そもそもトーク・ルームはやってない」
「えっ、そうなの!」
思わず声が上ずった。信じらんない、そんな子いるのか……。驚きを通り越して尊敬してしまう。
興奮するあたしを、直江はめんどくさそうに見ていた。学校ではあまりしゃべらないキャラらしい。自転車おばさんの前では饒舌だったのに。意外に思う一方で、絶対会話を続けてやる! という謎のやる気が湧いてきた。昨晩、意識して『キキミミ』時間を減らした反動かもしれない。
「じゃあリアルでいいから、これからはしゃべろうよ。あたし直江サンの話、もっと聞きたいし。で、苗字呼びはやめない? 直江サン、下の名前は愛だよね。愛ちゃんって呼んでいい? あたしのことはヨシカか、木曽ピでいいよ」
「いや、呼ばないし。呼ばなくていいし」
あくまでそっけない態度で突き放そうとしてくる。だが直江は、あたしのコミュ力をなめていた。
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