キキミミ

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「ごめん、今のはじょーだん。でもさあ、みんな直江とほんとに話したがってるんだよ。トーク・ルームの件も、気が変わったら言ってよ。アカウント送るからさ」 「……気が変わったらね。でも、あんたたちは危機感無さ過ぎ。ネットで何か承認するときは、まず一秒考えてからにしなよ。じゃなきゃ、そのうち痛い目見るから」 「へーい」  忠告する直江は、すっかりいつもの口調に戻っている。あたしはへらへら笑ってそれを聞き流した。  けれど、『そのうち』は意外と早くやってきたのだった。  それは()しくも、情報の授業中だった。  あたしは指名された他の二人の生徒と電子黒板に向かい、問3のプログラムコードを睨んでいた。コードの空欄部分に適切な式を入れさえすれば、プログラムが正常実行されてあたしは席に戻れるのだ、が……。助けを求めて直江の席を見ると、頬杖をついて寝ている。情報の先生は直江を絶対に当てないから、調子ぶっこいているのだ。悔しいっ!  歯噛みしていたら、隣でばさっと音がした。見れば問2担当のミユちゃんが教科書を落としている。あたしはさっと拾い上げた。問3の答え、教えてくれないかなあという下心もあった。 「はい。あのさ……」  振り向いたミユちゃんの顔を見たとたん、問3のことはあたしの頭から消え去った。  ミユちゃんは白目をむいていた。口の端からはよだれが垂れている。一歩後ずさったあたしの前で、ミユちゃんは両手を振り上げた。 「アアアアッ!」  そして思い切り腕を振り下ろし、黒板をドスン! と殴った。あたしは悲鳴を上げて教壇から飛び降りた。勢いあまって、背後に立っていた情報の先生にぶつかる。 「あっ、すみませ……」 「木曽っ!」  腕を引っ張られてバランスを崩したあたしの頭上で、先生の拳が空を切った。空振りの勢いで教卓にもたれかかったその顔も、白目をむいている。先生はそのまま教卓を蹴り始めた。 「木曽、大丈夫?」  あたしの腕をつかんでいたのは直江だった。その声にかぶさるように、リナが立ち上がって奇声を上げる。いまやクラスじゅうのみんながおかしくなっていた。ロッカーを殴る子、机を引き倒す子、叫びながら廊下に走り出す子……まるで狂ったお化け屋敷だ。誰かが投げた椅子が窓ガラスを割り、あたしは再び悲鳴を上げた。
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