キキミミ

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「何なのこれ! どうなってんの!」 「コンピュータウイルスだよ」  直江の声は落ち着いていた。メガネのレンズ上を、光の文字が高速で流れている。あれ、スマートグラスだったんだ。 「たぶん、今はやりの『バーサク』ってマルウェア。『キキミミ』のナノマシンを使って催眠を仕掛けてくるやつ」 「さ、催眠?」 「暴力衝動を一時的に高めるの。ちょっと待って。うーん……」  直江はスマートグラス上の文字を読み取り、顔をしかめた。 「誰とは言わないけど、男子の一人がネットで知り合ったアイドル志望の女子(実は中国在住の男)をクラスのトーク・ルームに入れたみたいだね。その男が攻撃者で、ウイルスをばらまいた。最初はクラスメイトと一部の先生だけだったのが、それぞれ六人くらいを経由して校内の全員を感染させた」 「全員って」  話を遮るように、隣のクラスからも咆哮が聞こえてきた。いつの間にか、学校じゅうがひどい騒音に包まれている。するどい叫び声と恐ろしい破壊音。暴力的なさわがしさに耳を塞ぎたくなる。 「な、なんであたしたちだけ……」 「念のため、特殊な防御ソフトを入れておいたんだ」  直江は気まずげな表情になった。「あんたにも。黙ってたけど」 「う、ううん、助かったよ……けど、みんなはどうするの?」 「早く止めなきゃだね」 「どうやって? どうやったらみんな止まるの?」 「耳たぶを切る」  直江の発言に、あたしはぎょっとして振り向いた。よっぽど驚いた顔をしていたのだろう。目が合った直江は「もはっ」と吹き出した。 「ごめん、今のはじょーだん」 「ふざけんな! 笑ってる場合か!」  気がつけば、あたしたちは黒板の前でクラスメイトに取り囲まれていた。 「うわああ何で? 何でみんなこっち見てんの?」 「そういうプログラムなんじゃない。理性の残ってるやつを見つけて、襲わせるみたいな」  絶叫するあたしに背を向けて、直江は黒板上にブラウザを立ち上げた。どこかのサイトに接続したかと思うと、今度はコマンド画面を表示させてコードを打ち込む。黒い画面が高速で流れ、最後に『Approve(承認)』と書かれた緑色のボタンが現れた。 「ふむ」  直江は押す前に、ひと息ついた。なるほどこれが承認前の一秒思考……なんて感心してる場合じゃない!  包囲網の先頭にいた男子が机の足をつかんで持ち上げた。中の教科書やペンケースが滑り出て、音を立てながらあたりに散らばる。頭上に机を掲げると、男子は直江の背中に向き直った。 「うわああっ」  机が振り下ろされる瞬間、あたしは目を閉じて飛び出した。
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