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01.卑劣で凶悪、そして底知れない恐怖と不安
「なあ勇輝。タイヨウボウルに本当に殺人鬼なんて出るのかな」
下校途中の竜星は、流行中の噂話を話題にした。
「殺人鬼なんているわけないじゃん」
勇輝はすぐに答える。殺人鬼の噂話などしたくもないみたいに。
「でも、直哉が見たって言ってただろ。タイヨウボウルに殺人鬼が入っていったって。女の人を連れて、裏口のドアから」
竜星の言葉に勇輝はまた反論する。
「タイヨウボウルってずっと廃墟だし、立ち入り禁止じゃん」
タイヨウボウルとは商店街の裏手にあるボウリング場で、三十年以上も昔から閉鎖されたままの建物。いまだに解体もされず、今はボロボロの廃墟。雑草だらけの駐車場だった敷地と一緒に、金網のフェンスの向こうで静かに眠っている。
そんなタイヨウボウルに最近、殺人鬼が出るとの噂話が子どもたちの間で流行している。
タイヨウボウルの中には殺人鬼の実験室があって、殺人鬼は街で捕まえた人間をその実験室で殺して楽しんでいる、そんな噂話。
小学五年生にとっては、それだけで十分に刺激的。殺人鬼なんてマンガやゲームの中でしか見たことがない。卑劣で凶悪、そして底知れない恐怖と不安をもたらす存在。そんな殺人鬼がすぐ近くにいて、この街の人々の生命を狙っている。あるいは自分の生命も……。
恐怖の一方で、ある種の期待に胸を膨らませる子どももいないわけではない。これはユーチューブにアップすべき事態だ。殺人鬼の潜む廃墟なんて再生数も稼げるし、あっという間に自分も有名人の仲間入り。そう口にする同級生もいたが、実行となると尻込みするばかり。
竜星もそんな期待さえ入り混じる噂話に夢中。学校の帰りやサッカークラブに行く途中、ちょっと遠まわりしてタイヨウボウルの廃墟を金網越しに眺め、殺人鬼が出てこないかとドキドキと胸を高鳴らせるくらいに。殺人鬼なんて怖いけど、見てみたい気分もある。
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