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面接
今日は人生で初の最終面接の日。今、俺たちは面接室に呼ばれた。最終面接としては珍しく、応募者2人での面接になるらしい……。俺を含めた2人の応募者が、面接室に入る。
今日は絶対に受かってやる……。
「失礼いたします!」
面接室に入った後、忘れずにドアを閉め、椅子の隣に立つ。
「では、お座りください」
「失礼いたします!」
部屋の中に入ると、面接官のいかにもお偉いさんの方が2人。社長と管理部代表者の須田さんだ。
面接特有の静けさ、緊張感……。俺は気を引き締め、背筋をピンと伸ばす。
「それではこれから面接を始めます。最後まで気を抜かないようにしてください。では、早速自己紹介をお願いします」
面接が始まった。俺とは別の応募者から自己紹介をしていく。
「〇〇大学の橋本菜々子です。もしよかったら、ななみんって呼んでください。えとー、今日はよろしくお願いします」
人当たりが良さそうに、橋本さんはそう言った。「ななみんかぁ、かわいいなぁ。人当たりも良さそうだし、この人は採用だな」と、社長がボソッとこちらにも聞こえる声で言っている。そうすると、管理部の須田さんは、「まだ、早いですよ。あと一、二分ぐらい待ちましょう」と言った。
いやいや、それも早いやろ……。というか、俺に聞こえる声でそんなこと言わんといてくれ……。関西出身の俺は、思わず心の中で関西弁が出てしまう。
「それでは、お隣の方も自己紹介をお願いします」
そう面接官の方に促され、俺も自己紹介をする。
「〇〇大学の山口勝と申します。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
俺は面接の練習をした通りに、ハキハキとした声でそう言った。そうすると社長は、「男かぁ。げんなりするなぁ。なんか面白くないし……。この人は、不採用だな」とボソッと言った。するともう一人の面接官は「そうですね」とだけ言った。
いやいや、あんたは否定してくれや……。というか、俺もう不採用になったのか……。嘘だろ……。
そんな俺の思いなどお構いなしに、面接は何事もないかのように進んでいく。
「じゃあ、とりあえずななみんは立って。もう一人の、えーと……、山口さんは座ったままでいいです」
社長はそう言った。橋本さんは席を立ち、二人の面接官はそんな橋本さんの様子を凝視している。
「では、後ろを向いて」
次に社長はそう言った。少し照れくさそうに橋本さんは後ろを向く。
「社長どうでしたか……」
管理部の須田さんは少し声を潜めてそう言う。
「うーん、悪くない。目がキラキラしている……」
社長は難しそうな顔で、そう言う。
いやいや、目って、なんで立たせたねん。女性を立たせたら、見るべきところはスタイルやろ……。面接でそれも、おかしいかもしれんけど……。
「それでは、ご自身のこと動物に例えると、何になるでしょうか? ななみんから聞かせてください」
「えとー、ななみんは人間です」
「ほほー、どうしてそういう風に思われたんですか?」
「えとー、なんとなく、フィーリングでそう思いました」
「なるほど……」
感銘を受けたような声で、社長はそう言っている。
いやいや、おかしいやろ……。人間って……。そういうことじゃないやろ……。
「お隣のえとー、山口さんも回答をお願いします」
「私は、犬です。なぜなら、私は犬のように、真面目に忠実に物事を行うことができるからです。御社にもし入社できたのなら、その真面目さを活かして、真摯に働いていこうと思っています」
練習した通りに、用意されていた答えを俺は言った。何のツッコミどころもない、完璧な答えだ。
「ふーん」
どこかつまらなそうに、社長はそう言った。
くそー、どうしてだ。俺の答えは完璧なはず……。けれど、橋本さんばかりがいい反応をされ、俺には全く興味を示さない。
いったい、どうすれば……。
「次に、志望動機をお聞かせください。では、ななみんから」
「ななみんの志望動機は、御社の企業理念である”笑いを大切に”というところに深く共感したからです。面接の練習をしたときに、そう言えって言われました」
橋本さんは、淡々とそう言った。
すると社長と須田さんは、思わず笑みが溢れていた。「ななみんは、面白いし、素直だし、愛嬌もある。我が社に必要な存在だな。もう、ななみんは採用でいいだろう……」と社長が言った。すると須田さんは、「そうですね。もう、面接は終了しましょう」と言った。すると社長は突然鬼の形相になり「それだったら、もう一人の応募者に失礼だろ! いい加減にしろ!」と怒鳴り出した。
その後に突如として訪れる、圧倒的な静けさ。「すみません……」とペコペコ謝罪している須田さん。そんな様子を愉快そうに見つめる橋本さん。異様なこの雰囲気に気圧され、ただただ落ち込む俺……。
カオスだった。
この面接は、どこかおかしい……。狂っている……。
もう、なんだっていいや……。
そんなことを思っていると、再び面接は始まった。
「それでは、次に山口さんの志望動機を教えてください」
「はい。私の志望動機は、特にありません……」
どうせ受からないと思い、ヤケクソになった俺はそう言った。すると社長は、「ほほお」と少し興味深そうに好感をもったような雰囲気で言った。
いやいや、なんでやねん……。社長は、奇をてらっている人が好きで、普通の回答は求めていないのか……。
「それでは、最後に一言をお願いします。では、ななみんから」
「はい。ななみんは、今日面接に受かるか不安です。家に帰ったら、お布団に入って、ゆっくり体を休めたいと思います」
ななみんは意気揚々と、天真爛漫な感じで言った。こういう天真爛漫で、愛嬌のある女性が、世の男をたぶらかし、世を甘く見て調子に乗り、俺みたいな普通で何の取り柄もない真面目な奴をバカにして、のうのうと生きるんだろうなー。そう思うと、橋本さんのことが許せなくなった。もう、なんだっていい。言いたいことを言ってやる……。
「いやいや、おかしいやろ……。最後に一言って言われたら、自己アピールとか、熱意とか、そういうことを伝えるところやろ……」
「うん? 山口さん、どうしました?」
しまった……。少し棘のある感じで言い過ぎたか……。しかし社長と須田さんはなぜか、ニコニコしている。
あー、もうやけだ。どうせ俺はこの会社に受からない。なんだっていい。
「この面接はおかしいところだらけです。最初から最後まで、橋本さんのことを褒めるばかりで、私のことは眼中にない感じです。橋本さんはピンとのズレた回答ばかりをしているのに、それに乗っかって褒めるばかりの面接官……。明らかにおかしいでしょ……。採用に関しての評価を私たち応募者に聞こえるようにするのもおかしいですし、橋本さんの回答もおかしい……。まるで、橋本さんまで全て作り込まれたもので、コントに参加しているような、私にツッコんでくれ、と言っているような、そんな風に感じました」
俺は心の中で思っていることをそのまま言った。
そう言うと、なぜだか社長と須田さん、そして橋本さんまでニコニコし、拍手をし始めた。
うん? なんだこの拍手は? ああ、もう意味不明だ……。
俺が頭に疑問符を浮かべていると、須田さんは再び面接の進行を始めた。
「なるほど、山口さんはそう思うんですね……。それでは、橋本さんには退出していただいて、山口さんは残ってください」
「はい、社長、須田さん、お疲れさまです。失礼します」
橋本さんは、今までのほんわかした感じではなく、礼儀正しい、ハキハキした声でそう言い、部屋を後にした。一体なんなんだ……。何がどうなっている……?
「山口さん、今日の面接どう思った?」
社長は、ニコニコしてそう聞いてきた。
「いや、色々おかしかったです……」
そう俺が言うと、社長と須田さんは楽しそうに、思わず吹き出して笑っていた。
「そうだよね。驚かせちゃったよね。——実は、橋本さんは内の社員で、仕組まれた人なんだよ。弊社では笑いというものを大切にしていて、そこの評価をするために橋本さんには協力してもらってました」
社長は優しそうな面持ちで、ニッコリとこちらに目線を合わせ、そう言った。
橋本さんが仕組まれた人? 確かにそう思うと違和感はない。この面接は色々おかしすぎた。
「でも、どうしてあんなにふざけた面接をしたんですか? 笑いを評価するだけなら、もっと他にやり方があったと思うのですが……」
「それは、我が社が今ツッコミ不足でねー、ツッコミをできる人員が欲しかったんだよ。面接なんて緊迫していて、真面目な顔をしないといけない場面だろ? そんな中でツッコミができる人なんて逸材さ。この面接では、応募者がツッコミをするかしないかでしか評価していない。そういう意味で、山口さん、あなたは逸材だよ」
社長は、感心した様子でそう言った。
急に訪れたいい流れ。社長も須田さんも、まるでこれからよろしくね、と言っているかのようなニッコリとした笑みを浮かべている。
やったー、これは内定だ……。
「というわけで、山口さん……、君は不合格だ」
社長は、にこやかな笑顔でそう言った。
「いやいや、なんでやねん。今、絶対合格させる流れだったでしょ……」
すると社長と須田さんは、あはは、と声をあげて笑った。
「いやー、ごめん。山口さんは合格だよ。最後の私のボケにツッコミをしていなかったら、容赦なく落とすつもりだった。須田さんが言っていた最後まで気を抜くな、とはこういうことだよ。……おめでとう」
「ありがとうございます!」
俺はそう元気よく言い、面接は終わった。
なんだか不思議な会社だけど、笑顔に溢れているし、楽しそうだ。この会社に俺は、合っているのかもしれない。
後日、内定した例の会社から内定通知書と、研修書籍なる物が届いた。内定通知書には、堂々と内定、山口勝という文字が書かれている。自分は、内定を勝ち取ったんだという思いで胸が熱くなり、これから訪れるであろう入社後の日々に胸を躍らせた。
こんな俺を採用してくれた会社だ、よく働いて、絶対に恩返ししよう……。
次に研修書籍なる物を見た。本のタイトルには、「猿でもわかる ツッコミの達人」と書かれている。
「なんでやねん!」
思わず口から、言葉が出ていた。
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