0人が本棚に入れています
本棚に追加
「長谷川工業、ねぇ」
純からの報告を聞いた梨沙はそう呟いた。
最初その話を聞いた時、梨沙はあまり信じていなかったが長谷川工業の名前が出た途端に顔色を変えた。
何かがあるのかと純は勘繰ってしまう。
「私もね、純くんが夜勤の間色々調べたよ…けどね、もう関わらない方が良いね多分」
「どうゆう事ですか?、何を知ったんですか?」
純の質問に梨沙は顔をしかめる。
「まず、宮川さんのご主人の元々いた会社に行ってきたんだけどね……まあ、忘れな、このことは」
手に入った情報は教えてくれそうにない。
そんな梨沙の態度と言葉に純は苛つき初めていた。
「じゃあ依頼はどうするんですか?まさかあのまま返すつもりですか?」
「まあ、こっちも色々握ったし金はきっちりとるよ?」
「そうですか…」
梨沙のこの件に対する態度の変化に純は苛つきと驚きと好奇心を感じていた。
一体何を知ったのか?
宮川奈緒子の何を握ったのか。
「まあまあ、お金はしっかり払うよ」
そんな純の心境を察したのか梨沙が言った。
「ありがとうございます」
そう言って純は笑顔を見せた。
しかし純はこの件について個人的に調べる事を決めた。
「じゃあ、ちょっと先方と話してくるから」
「新しい依頼ですか?」
「そう、私立女子校の怪異だって、なんか味があるでしょ?」
「そうですね、良い条件で纏まると良いですね」
梨沙が出ていったのを確認したあと純は動き出した。
梨沙は依頼の資料を必ずまとめる。
それは何故かはわからないが。
今回の件で梨沙が調べたこともまとめている確率が高いと踏んだ純は梨沙の机を探していく。
今までの資料をまとめたファイル。
それに入っていた。
宮川正雄について依頼人である奈緒子に聞いてみたが曖昧な回答しか返ってこない。
何とか聞き出せたのはリストラされた会社の名前、新谷保険だ。
新谷保険にはツテがある為それを使い正雄の同僚に話を聞く事に成功した。
彼の話は信じがたい物だった。
まず宮川正雄はリストラではなく自主退社していた。それも退職金をたんまり貰って。
更に同僚は彼が辞める前いきなり質素な手作り弁当に変わっていた事も教えてくれた。
同僚が愛妻弁当か、と囃し立てると自ら作っている、と言ったと言う。
資料はその一枚だけだった。
長谷川工業や宮川奈緒子についての情報は書いてない。
しかし梨沙の言動からこの二つについての何かしらの情報を掴んでいるのは明白だ。
この資料から分かることは宮川奈緒子の嘘だ。
リストラではなく退職しかも退職金まで出ている。金はたんまりあったはずだ。それはどこにいったのか?それよりも借金が膨大だったのか?と言う疑問。
そして、いきなり質素になった弁当。
これは何かしらの原因で金が無くなったという事なのか?
その原因は本当に正雄のパチンコなのか?
いくら考えても答えは出ないだろう。
長谷川工業。
高福市にある建設会社。
主な作業内容は土木工事の施工全般。
社長は長谷川治。
ここには一体何があるのか。
梨沙さんの許可なしに接触はできない。
電話ならばどうだろうか?偽名か名乗らなければ良いんじゃないのか?
純は非通知で電話をかけた。
「あい、もしもし?」
「えーと、長谷川治様とお話ししたいのですが…」
「あ、私ですよ、で、貴方はどちらさん?」
「そうですか、私木本というんですけど一つお伺いしてもよろしいですか?」
「なんでしょう?」
「宮川正雄って人を知りませんか?古い友人なんですが?」
「え?あ、ああ、昔働いてたけど」
宮川正雄の名を聞いて明らかに態度が変わったのを純は感じていた。
「あ、そうですか、今はどちらに?」
「あんた、何もん?、知り合いだったら奥さんに掛けるよね?…どこの誰だよおめぇ」
純は電話を切った。
宮川正雄の名前が出た途端に長谷川治は取り乱した。
そして最後には怒鳴り声をあげていた。
何かあるとしか思えなかった。
それから数日後
新谷駅前にある居酒屋まつぼっくり。
料亭で修行した店主が作る料理と大衆向けの価格で人気の居酒屋だ。
そこに純と一人の男が座っていた。
黒髪の短髪で少しふくよかないかつい男。
お通しのきんぴらごぼうを食べながら頼んだビールを待っていた。
「よお、純、久しぶりだなあ」
「久しぶり、亮一」
田代亮一。
純の中学の同級生で今は人に言えない仕事をしている。
「で、純、調べてきたぜ?宮川奈緒子っておばさんはわからんかったけど」
「おぉ、ありがとうな」
純は亮一に調べてもらっていた。
地域のネガティブな情報。それを一番持っているのは警察かヤクザなどのアウトロー達だ。
「まずお前、浩龍会って知ってるか?」
「しらないな」
純も新谷市周辺の暴力団の名前はいくつか知っていたが初めて聞く名前だった。
「まあ、そうだよな、ここ最近新谷にもちょっと進出してきてんだけどそんなデカイわけじゃないし」
「新谷一家?」
新谷一家、それは新谷市周辺の裏社会を支配する指定暴力団稲森会の二次団体だ。
稲森会内でも有数の組織である。その力はこのご時世でも絶大で新谷市内では半グレや外国人グループすらもみかじめ料を払っている。
「いや、そもそも稲森ですらねぇよ、高福は三羽会なんだ、まあ、俺らとは全く違う組織ってことだよ」
「で、その浩龍会が長谷川工業とどんな関係があるんだ?」
「浩龍会会長長谷川浩也は長谷川工業の次男坊らしい」
「てことは…」
「まあ、今でも関わりがあるかはわかんねぇけどな?このご時世だし、ただ社長とヤクザが兄弟だって事だよ」
いきなり質素になった生活、突然の退職。そして長谷川治の不自然な態度に長谷川工業の裏事情。
純は梨沙の言葉を思い出していた。
もう、この件には関わらないほうがいいね、多分
しかし、まだ純には気になることがあった。
宮川奈緒子、何故彼女は嘘をついたのか。
彼女はどう関わっているのか。
おそらくそれが解けた時、梨沙が握った宮川奈緒子の秘密が分かる。
そう純は確信していた。
「浩龍会についてはなんかないのか?」
「そうだなぁ」
しばらく唸っていた亮一だったが思い出したように目開いた。
「浩龍会が最近新谷に入ってきたって言ったよな?」
「うん」
「でもあの、パールってホストクラブは昔からケツを持ってたらしい」
「パール…ね…」
ホストクラブのパール。
どこかで聞き覚えがあると純は思ったがどれだけ頭を回してもわからなかった。
「そんぐらいかなぁ」
と亮一は首を傾げながら笑った。
「ありがとうな」
純は礼を言った。
「けどよぉ、俺みたいな下っ端に聞かれてもよぉ…お前の社長に聞いたほうが速いぞ?なんせお前のとこの社長は…」
「まあ、梨沙さんは関係ないからな、これは俺が個人的に調べているだけだ」
「え、そうなのか?」
純の言葉を聞いて亮一は驚いていた。
「まあ、深くは聞かないけどよ、多分どっぷりこっち絡みだろ?気おつけろよ?」
と亮一は人差し指で顔に傷をつける仕草をしながら言った。
「ああ、俺ももうこれ以上深入りはしないよ」
「そうか……ま、今日は飲もうや」
と、とっくにやってきていたビールを向ける亮一。
それに対し純はそうだな、と同じようにビールを当てた。
亮一との飲み会を終えて純は部屋に戻ってきていた。
頭に浮かぶのは今回の件だ。
きな臭い宮川正雄の転落劇と死、チラつくヤクザの陰。
この一件は忘れるべきとわかった。
しかし気になるものは気になってしまう。
ホストクラブパール。
どこかで……あ。
純はとある男に電話を始めた。
数日後、新谷駅前のファミレスで純はその男と会った。
前髪の長い金髪の頭を綺麗にセットした優男。
名前は高橋裕太、歳は純の1個下。
純が以前勤めていた会社の後輩だ。
「久しぶりですねー、純くん」
「おう、忙しいとこ悪りぃな」
「いいですよ全然、気にしないでください、飯島さんが捕まって以来ですね…いやぁ、懐かしいなぁ」
「そうだなぁ、髪型以外お前も変わってねぇな」
「まあ、ホストしてますからね…それにしても突然どうしたんです?」
純は裕太にはまだ何も話していなかった。
「ああ…なあ、お前、パールってとこで働いてんだよな?」
「ああ、半年ぐらい前まではいましたね…今はエリアスですよ」
「そうか」
「もしかして純くんパールに入りたいんですか?…あそこはやめた方が良いですよ、どうせだったら俺と働きましょうよ」
「いや、そうゆうわけじゃないんだ、ちょっと聞きたい事があってな…浩龍会って知ってるか?」
その言葉を聞いて裕太の表情は気が抜けたようになった。
「あ、そっちすか…まあ、俺が辞めた原因すね…今時ヤクザが経営ってありえます?」
「直轄でやってんのか?」
「そうですよ、普通にぶん殴られるしビビっちゃいましたよ」
多分、裕太はこの件に関わる何かは知らないのかもしれない。
「それで浩龍会の何が知りたいんですか?組員とかすか?」
「いや、宮川奈緒子って知ってるか?浩龍会の誰かの女とか」
と、純は宮川奈緒子の写真を見せた。
「宮川奈緒子…すか…」
裕太はしばらく上をみて考えていたがああ、と声を出した。
「多分なおちゃんの事ですね」
「なおちゃん?誰かの女か?」
裕太は笑いながら手を横に振り否定する。
「純くん女の趣味変わりすぎですよ」
「いや、そうじゃねぇけど、なんでそいつを知ってるんだ?」
「俺の仲良くしてた先輩の昔からの太客なんですよ……確かその先輩が新人の時からの」
「それは、五年前くらいか?」
「いやぁ、多分もっと前からじゃないすかねホスト歴7年とか言ってたんで」
「そうか、ありがとう」
「先輩に聞いときましょうか?」
全てが、繋がった。
純はそんな感覚を感じていた。
それからは裕太の愚痴や昔の話、純の話などで盛り上がり解散となった。
数日後。
純はいつものように天光から部屋までの道を歩いていると数人の男達に囲まれた。
「は?なんだてめっ」
啖呵を切る暇もなく背中に硬い感触。
純は知っていた、それは銃口の感触だった。
「大人しくしろよ、死にてぇか?」
黒いミニバンがやってきた。
その瞬間、痺れる感覚と共に純の意識は途切れた。
最初のコメントを投稿しよう!