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朝起きて、あくびを一つ。いつもと同じような朝だけど、なにかが違う。あたしは部屋中を見回して、すぐにその違和感に気づいた。
そうだ、カーテンだ。昨日ママが買ってきた、新しいカーテン。
「どう? 素敵な色でしょ」
カーテンを付け替えながら、ママは歌うようにそう言った。昨日のママは、珍しくご機嫌だった。
淡いむらさき色をしたそのカーテンは、殺風景でつまらないあたしの部屋を、パッと鮮やかに彩った。まるで、自分の部屋がどこかのお城の一部屋になったみたいで、ちょっとドキドキした。
カーテンが朝日に透けて、やわらかなむらさき色の光を放っている。窓の外を見なくたって、今日は良い天気だとわかった。だけど、せっかくの新しいカーテンを開けてしまうのは、なんだかもったいない。少し考えてから、あたしはカーテンを閉めたまま、窓だけを開けることにした。
むらさき色に輝くカーテンが、そよ風に吹かれてふわふわと揺れる。
お花畑みたい、と思った。太陽の光を浴びてきらきらと咲く、むらさき色のお花畑だ。そこに広がるのは、優しい香りのラベンダーか。小さくかわいらしいパンジーか。それとも、こぼれそうなくらいに花をつけて垂れ下がるウィステリアだろうか。
あたしはそんなお花畑を想像しながら、目をつむって大きく深呼吸した。身体中が、朝の爽やかな空気で満たされる。
なんて素敵な朝なのだろう。あたしは胸がいっぱいになった。
突然、強く風が吹き込んだ。カーテンが大きくふくらむ。かすかに、甘い香りがした。
「おはよう、ライラ」
風に乗って、あたしを呼ぶ声が聞こえた。小鳥のようにかわいらしく、澄んだ声。聞いたことのない声だった。
思わず振り返ると、そこにはあたしと同い年くらいの女の子がいた。
「あなた、だれ?」
「わたしはヴァイオレット」
おそるおそる尋ねるあたしに、女の子――ヴァイオレットは優しくほほえんだ。
ゆるやかに波打つ金色の髪、透き通るような白い肌、ほんのり赤いほっぺた、宝石かと思うくらいきらきらしているむらさき色の瞳。お人形さんがそのまま、生きて動いているみたいだ。
あたしは、こんなにきれいな女の子を見たことがなかった。
心臓の音が大きくなる。だけど、これは恐怖や緊張のドキドキじゃない。この子のことをもっと知りたい。不思議とそう思った。このドキドキは、ときめきと好奇心だ。
「あなたはどこから来たの? どうやってこの部屋に入ってきたの? どうしてあたしのことを知っているの?」
止まらないあたしの質問に対して、ヴァイオレットはそのきれいな顔をずいっと近づけて、耳元でささやいた。
「わたしは、あなたの友達よ。あなたのことはなんでもわかるの」
甘い香りがぐっと強まった。さっき風が運んできた香りと同じものだった。花のような、お菓子のような、ママの化粧品のような、不思議な香り。
あたしはくらくらして、思わず目をつむった。
また、風が吹いた。甘い香りが遠くなる。あたしはゆっくりと目を開ける。
そこにはもう、だれもいなかった。
まだ寝ぼけていたのだろうか。あたしは自分のほっぺたを思い切りつねった。その痛みに思わず涙が出そうになる。
夢じゃない。
「ヴァイオレット」
小さくその名前を呼んでみた。むらさき色のカーテンが、返事をするようにふわりと揺れただけだった。
その日、彼女が再びあたしの前に現れることはなかった。
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