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「おはよう、ライラ。良い朝ね」
次の日、あたしは聞き覚えのあるかわいらしい声で目が覚めた。
部屋中に漂う不思議な甘い香り。そして、目の前にはお人形のようなきれいな顔。あたしはびっくりして飛び起きた。
「なんで、いるの」
「言ったでしょ、わたしはあなたの友達だって。遊びに来たに決まっているじゃない」
ヴァイオレットは、あたしに手を差し伸べた。あたしの枯れ枝みたいな手とは違って、白くてふっくらとした上品な手だった。
胸の高鳴りが聞こえる。今回は、驚きとときめきが半々くらいのドキドキだ。
もう一度、ほっぺたをつねる。やっぱり痛い。
こんなに素敵な女の子と友達だなんて。夢のようだけど、夢じゃないのだ。
あたしは迷わずその手を握った。ヴァイオレットは、にこりと白い歯を見せる。
「そうこなくっちゃ。なにして遊びましょ?」
「お姫様ごっこがいい!」
あたしたちは声をそろえて笑い合った。
ヴァイオレットとのお姫様ごっこは、最高に楽しかった。
最初は、あたしがお姫様でヴァイオレットが王子様。あたしはシーツをドレスみたいに身体に巻き付けると、木の実でつくったネックレスと色紙でつくった指輪をつけて、すっかり本物のお姫様気分だった。ヴァイオレット王子は、そんなあたしを見てサッとひざまづく。
「おお、ライラ姫。なんて美しいんだ」
そうして、手を取り合って舞踏会のダンスをした。彼女のきれいな顔と、華麗なステップと、そして強くなる甘い香りに、あたしはうっとりしてしまった。
それが一通り終わると、今度はヴァイオレットがお姫様で、あたしが王子様。ヴァイオレットは、ドレスもアクセサリーもいらないと言った。それなのに、ヴァイオレット姫はあたしとは比べものにならないくらい、可憐で優雅なお姫様だった。あたしも、そんなヴァイオレット姫に負けないようにうんと胸を張って、かっこいい王子様になりきった。
こんなに楽しい時間は久しぶりだった。このままずっと、ヴァイオレットと一緒に遊べたらなぁ。あたしはヴァイオレット姫の手を取りながら、そう思った。
トン、トン。
舞踏会の途中で、乾いた音が二回響いた。あたしは急に現実に引き戻される。
ご飯の時間だ。ママはいつも決まった時間に、ご飯をあたしの部屋まで持ってくる。二回のノックが、その合図だった。
ダンスを中断してドアを開けると、ロールパンが一つちょこんと乗った白いお皿が、部屋の前に置いてあった。
あたしはそれを半分にちぎった。あたしの分と、ヴァイオレットの分だ。
「ヴァイオレット、一緒に食べよう――」
部屋の中を振り返ると、そこはもぬけの殻だった。むらさき色のカーテンが、さみしく揺れている。
あたしはパンを持ったまま、しばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。
帰ってしまったのだろうか。また、遊びに来てくれるだろうか。
仕方なくあたしは、二つにちぎったパンを一人でほおばった。
一人でパンを食べるなんていつものことなのに、今日は心にぽっかり穴が開いたような気分だった。
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