むらさき色のあの子

2/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「おはよう、ライラ。良い朝ね」  次の日、あたしは聞き覚えのあるかわいらしい声で目が覚めた。  部屋中に漂う不思議な甘い香り。そして、目の前にはお人形のようなきれいな顔。あたしはびっくりして飛び起きた。 「なんで、いるの」 「言ったでしょ、わたしはあなたの友達だって。遊びに来たに決まっているじゃない」  ヴァイオレットは、あたしに手を差し伸べた。あたしの枯れ枝みたいな手とは違って、白くてふっくらとした上品な手だった。  胸の高鳴りが聞こえる。今回は、驚きとときめきが半々くらいのドキドキだ。  もう一度、ほっぺたをつねる。やっぱり痛い。  こんなに素敵な女の子と友達だなんて。夢のようだけど、夢じゃないのだ。  あたしは迷わずその手を握った。ヴァイオレットは、にこりと白い歯を見せる。 「そうこなくっちゃ。なにして遊びましょ?」 「お姫様ごっこがいい!」  あたしたちは声をそろえて笑い合った。  ヴァイオレットとのお姫様ごっこは、最高に楽しかった。  最初は、あたしがお姫様でヴァイオレットが王子様。あたしはシーツをドレスみたいに身体に巻き付けると、木の実でつくったネックレスと色紙でつくった指輪をつけて、すっかり本物のお姫様気分だった。ヴァイオレット王子は、そんなあたしを見てサッとひざまづく。 「おお、ライラ姫。なんて美しいんだ」  そうして、手を取り合って舞踏会のダンスをした。彼女のきれいな顔と、華麗なステップと、そして強くなる甘い香りに、あたしはうっとりしてしまった。  それが一通り終わると、今度はヴァイオレットがお姫様で、あたしが王子様。ヴァイオレットは、ドレスもアクセサリーもいらないと言った。それなのに、ヴァイオレット姫はあたしとは比べものにならないくらい、可憐で優雅なお姫様だった。あたしも、そんなヴァイオレット姫に負けないようにうんと胸を張って、かっこいい王子様になりきった。  こんなに楽しい時間は久しぶりだった。このままずっと、ヴァイオレットと一緒に遊べたらなぁ。あたしはヴァイオレット姫の手を取りながら、そう思った。  トン、トン。  舞踏会の途中で、乾いた音が二回響いた。あたしは急に現実に引き戻される。  ご飯の時間だ。ママはいつも決まった時間に、ご飯をあたしの部屋まで持ってくる。二回のノックが、その合図だった。  ダンスを中断してドアを開けると、ロールパンが一つちょこんと乗った白いお皿が、部屋の前に置いてあった。  あたしはそれを半分にちぎった。あたしの分と、ヴァイオレットの分だ。 「ヴァイオレット、一緒に食べよう――」  部屋の中を振り返ると、そこはもぬけの殻だった。むらさき色のカーテンが、さみしく揺れている。  あたしはパンを持ったまま、しばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。    帰ってしまったのだろうか。また、遊びに来てくれるだろうか。  仕方なくあたしは、二つにちぎったパンを一人でほおばった。  一人でパンを食べるなんていつものことなのに、今日は心にぽっかり穴が開いたような気分だった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!