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そこで言葉を詰まらせて、「これを持つのは辛いから……」と声を揺らした。次に手に持っていた白いハンカチで口元を押さえる。その姿を見て俺は、しっかり上までボタンを留めた詰め襟に首を絞められているような感覚を覚えた。なんとか咳を堪えて、はい、とだけ答える。
「……ごめんなさいね。収骨の時はお願いね」
目尻を拭ったその人は、ゆっくりとした足取りで控え室にはけていった。小さくなっていく後ろ姿を見つめながらーーどうして。心の内からぽつりと零れ落ちる。どうして、あの人みたいに泣けないんだろう。心に薄く膜を張るような感覚はある。けれど、まるで現実感がないのだ。今でもどこかからひょっこりと現れて、せんぱい、とあいつが呼び掛けてくれるような、そんな気がする。振り向くと、質素な色彩の花に囲まれた祭壇の真ん中であいつの遺影が笑っている。数年前と思われるあいつは、まるで知らない人みたいだと思った。
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