サイレント・プレイス

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【NO.1】  頬に不快な冷たさを感じ、目を覚ました。  顔の片側が、何かの液体の溜まりに浸されている。うつ伏せに倒れた体を起こし、その液体の正体を確認したかったが、上半身どころか、首すら動かすことができない。  壁の一部なのか、テーブルなのか、あるいは天井の石膏ボードなのか……。とにかく重量のある板状の物が、幾重にも体にのし掛かっている。  意識がはっきりしてくると、雪崩のように全身を覆う圧迫感が押し寄せてきた。腹部や顔面に激痛が走る。浸されていた液体は、体の至る所から流れ出している血だとわかった。私は瓦礫の下敷きになったまま、かろうじて押し潰されずに一命を取り留めていたのだった。    ここは、何処だろう。  再び薄れ始めた意識の中で、私は必死に考えた。  視界は薄暗く、粉塵が漂っていて何も見えない。耳からも、手掛かりになる情報は得られなかった。なぜなら、目覚めてから人の話し声や物音の類いが一切聞こえてこないのだ。完全なる静寂の世界と言っても過言ではなかった。  どうやら、辺りに人はいないらしい。誰かに助けを求めようにも、このままでは為す術がない。  そう思った矢先、視界の隅に薄茶色の小さな紙片が現れた。風か何かで動かされてきたようだ。私は目を凝らして紙片を隅々まで眺めた。  飲食店などに置かれている紙ナプキンだ。  緑色で何かが印字されている。見覚えのあるマークだった。おぼつかない記憶をふらふらと辿っていくうちに、私はふと思い出した。それはいつも通っているカフェチェーンのロゴだった。  そうか、ここは駅ビルの一階にあるカフェの店内だ。私はついさっきまで、ここで昼食後のコーヒーを飲んでいたのだ。  一体、何があったというのだ……。  大地震か起きて、建物が倒壊しかけているのだろうか。  しかし、どう記憶を遡ってみても、テーブルの上に置かれたグラスやカップがガタガタと揺れ出したというような場面は思い出せなかった。  あるいは、店内でガスの爆発事故が発生したのかもしれない。  私は全身の痛みと息苦しさに耐えながら頭を働かせ続けた。だが、コーヒーと作り置きのサンドウイッチなどを提供するだけのこのカフェに、厨房設備などはなく、大規模な爆発が起きたとは考えにくかった。  外から暴走車が突っ込んできた?  いや、それもあり得ない。  このカフェはゆったりした広場に面していて、車が行き交う道路からは離れた場所にあったはずだ。  地震でも事故ないとすると、あとは何が考えられるといのだろう。  まさかどこかの国から、いきなりミサイル攻撃でも受けたとか……。  そんなあり得ない仮定にまで考え至った私は、自分が先ほど、形容しがたいような凄まじい衝撃と爆発音を味わったばかりだとい事実にようやく気づいた。  ああ……そうか。ここが無音の世界なのは、私の耳が爆撃音でいかれてしまったからなんだな。  いよいよこの国も、戦争に巻き込まれてしまったということか……。  ようやく状況を自分なりに説明をつけた私は、絶望と激痛の中で唯々息絶えるのを待つしかなかった。そして、その場所は、死後の世界の入り口にふさわしく、何処までも薄暗い靄と静寂に覆われていた。    再び意識を失いかけた時だった。誰かの腕が私の体を揺らした。うつ伏せのまま薄目を開けた私は、腕の主を覗った。顔ははっきりと見えなかったが、救急隊員のような出で立ちの男が、私に向かって話しかけていた。相変わらず耳は聞こえず、何を言っているかはわからない。だが、私は確信した。  助けが来てくれたんだ……。  安堵した私は、血と汗と涙をこぼしながら、再び深い眠りについた。  
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