6 (真斗視点)

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6 (真斗視点)

(真斗視点) 榊雪路が鬼崎家に来た翌日。 朝食を摂るため居間へと赴いた真斗は目を見張った。 「おはようございます」 きっちりと身なりを整え使用人のごとく頭を下げている己の婚約者の姿。 どういうつもりか、朝早くに起きた雪路は使用人達を説得して朝食の準備を手伝ったのだという。 「昨日はありがとうございました。おかげで体調もすっかり回復しました」 「そうか」 なら、もっと嬉しそうな顔をしてくれ。 相変わらず目線を合わせないどころか、淡々と表情筋を動かさない彼の考えていることがわからなかった。 "お前はうちに奉公しにきたつもりか?" それを言ってしまえば昨日と同じことの繰り返しだ。しかし、明確ではない"なにか"が気に食わなくてしょうがない。 貴族の子宮持ちは基本、女達同様の教育を受けながら大切に育てられる、しかし榊家にはそんな金銭的余裕がなかった。 だから雪路は家事手伝いを仕込まれた…ただそれだけのことだろう。自ら進んで家のことをしてくれるなど、まさに嫁の鑑みたいなものじゃないか。 それとも自分の好みを認めてなかっただけで本当は高飛車な嫁の方が良かったとでも言うのか? ……いや、そんなはずがない。 「あの……私の手伝いなど余計な事でしたでしょうか?」 厳しい視線を感じたのか、叱ったわけでもないのに雪路の不安がる弱々しい声にうっと言葉に詰まる。 余計な真似どころかお前は俺の婚約者だぞ?読書でも裁縫でもいい。贅沢をしろとまでは言わないが、ゆっくりすればいいだろうに…。 「好きにしろ。ただし、火は使うな」 「!ありがとうございます」 何故、今一番嬉しそうな声を出す!? ……………まぁいい、雪路は鬼崎家に来たばかりで自分のしたいことが分からないだけだ。そのうち家事にも飽きて趣味でも好きに探すだろう。 が、そんな甘い考えを真斗は後に後悔する。 話し相手にと雪路をそばに置いていた藍之介が本宅に帰ってから、いよいよ雪路は本格的に働き始めた。 『旦那様の婚約者をこき使うなんて、私達には無理です!』 ついに真斗に寄せられた使用人からの嘆きだ。 聞けば雪路は趣味を見つけるどころか、使用人達と茶を飲み世間話を楽しむこともせず、ただ黙々と掃除洗濯を率先してやろうとするのだという。 丁寧でテキパキと動くが、今朝も早くから起きて夜遅くまで自分にやれる事がないか屋敷中をウロウロする。 『おかげでこっちも気が抜けず休まりません…』 ここまでくれば、もはや使用人らの仕事を奪っている。 なるほど。これは今一度、アイツに自分の立場を教えるいい機会じゃないか? そんなことで意地悪く微笑む自分がいた。 * * * 「お前がここにきて半月が経つな」 「はい」 「ここには慣れた?」 「はい。おかげさまで」 相変わらず、雪路はうつむいたままの夕食。 真斗も話好きな性格とは言えないが、それ以上に雪路は話さない。 藍之介がいた方がまだ雪路は楽しかったんじゃないか…?そんなことでムッする心を抑え、本題に入る道を探す。 すると、一つのことに気付いた。 「雪路」 馬鹿者。 火を扱うなとは言ったが水周りのやりすぎで雪路の白い手はひび割れとあかぎれが出来て、痛々しく腫れてしまっている。 「お前はしばらく家事をするな」 「えっ」 もちろん真斗はフォローを入れるつもりだったが、手の状態を指摘するより先に、雪路の行動が早かった。 「も、っ、申し訳ございませんでした!!」 居間響く悲鳴のような謝罪の声に、真斗は手に持っていた箸を落とし息を飲んだ。 飛び跳ねるように席を立った雪路は、勢いよく床に頭を擦り付け真斗に土下座をしたのだ。 「っ、申し訳ございません…!なにか私に不手際があったならばお叱りは受けますっ!ですから、どうか、……」 なに?なにを勝手に勘違いしている…? 雪路の声は擦り切れていて聞き取れなかったが、あまりの必死な様に駆け寄ることも、言葉すら失っていた。 本当に笑える…。どのような状況でも動けるよう訓練した体が、目の前にある、ごめんなさい、許してください―――… 必死に訴えぶるぶると震えながら許しを求める雪路を相手に、固まって動けないのだから… 「―――っ」 誓って怒ってなどいない。 けれどこの沸き立つ感情は、なんだ? 理由も聞かずに俺に怯え、許しを請わなければならない状況だったか? 「追い出さない、で、……っ」 わなわなと震える手と感情が、いまにも消えそうな声にピタリと止まった。 そして、 「うわっ!?」 怒りとも悲しみにも似た衝動に名前をつけるよりも先に、雪路へと近寄りその体を抱き上げていた。 なに?なんで!?と驚きで大きくした雪路の黒い瞳が、しっかりと真斗を映している。 久方ぶりに交わる視線。 それだけで鳥肌が立つほどの感情が一気に引いて行った。 「真斗、さま…?」 不安げな声の中だが、真斗に対する恐怖心は宿っていない。 ……いや、俺がそう思いたいのだ 「雪路。心配するな」 謝るな、怯えるな。 己から出た声が、ここまで悲しかったことはない。 ようやく理解した。 どこにも居場所のない雪路が一生懸命、自分の存在価値を真斗に認めてもらおうとしていたこと そして追い出されると勘違いして取り乱したのだと… ―――― 愛おしくも、哀しいと思った。
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