4 (真斗視点)

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4 (真斗視点)

(真斗視点) 「夕食の準備ができれば呼びに来る。それまでゆっくりしているといい」 「はい。ありがとうございます」 部屋の前まで送れば癖なのだろうか。再び深々と頭を下げた俺の許嫁。 ……っ。俺はなにを考えている? またもや無意識に伸ばしそうになった手を自制すると部屋を後にした。 (榊雪路、……) どれだけお前が来る日を待ちわびたか。 これでようやく、ざわざわと騒がしい気持ちも落ち着くだろう。 出会いは鬼崎藍之助が50歳を迎えた誕生日。 当日、真斗は主催者の息子として参加するよりもパーティー会場の警備にあることを選んだ。 『今日くらいは軍服を脱げばいいだろうに』 ――――なにを呑気に甘いことを言うのか、この父は。 参加者全員、貴族といえども階級を問わず集まった異例の特定多数。その中には軍人だった父親を快く思っていない連中もいるはずだ。 しかし当然ながら自分が藍之助の息子だと知る者たちもいる。父親の警護は部下らに任せ、なるべく目立たぬよう真斗は不審者がいないか会場内の巡回に徹していた。 幸い、厳つい顔と体格をした軍人はいるだけで周囲に緊張感や威圧感を与えるらしく、真斗に話しかけてくる者などはいなかったが…。 (……ん?) 巡回を初めてすぐ、一人の少年が目に入った。 なんというか見事なまでに着物に着せられている。真紅の縮緬生地に派手な菊柄。それらは彼の肌白さと身体の細さを強調させ、どこか儚げな雰囲気を漂わせていた。 (軍へ入団希望しようものならば、門前払い確定だな) 仕事ではなく、単に体力をつけたい・護身術を学びたいだのという理由から軍人になろうとする物好きはいる。 軍は晩年人手不足のため来るものを拒まないが、アレは強風に煽られただけで倒れるんじゃないか? やや俯き加減なその小さき存在は、真斗にそんなことを思わせた。   「ん?」 そんな彼がハッと動きを止めた。そして周囲に何度も頭を下げ、いそいそと庭園の方へと向かうのだ。 近くの人間に彼がどこの家の者かを聞けば榊家の末息子だと判明したが、 ―――間違いなく、なにかを隠した。 怪しい動作を見逃すものか。真斗の足は彼のあとを追いかけた。 (まさか、食事についてた芋虫を逃がしていたとはなぁ) ふっと思い出し笑いをしてしまうが、あの時も榊雪路は血相を変えてひたすら謝っていた。 紛らわしい真似をするなと咎めれば彼は、『料理人や準備を行った使用人たちが主人に叱られてしまうのではないかと思ったので…』。 そう、いかにも申し訳なさそうに訴えるものだから――――正直俺は驚いた。 「他家の使用人を庇ってやったと?」 粗相があったならば、使用人らが主人に叱られるのは当然。それに彼のいたテーブルからは堂々と軍に対する嫌味も聞こえていた。たかが小さな虫一匹だろうと、あのいかにも暇を持て余し鬼崎の粗探しをしている連中にいいネタの提供ができただろうに…。 「そっ、のようなつもりは…。ただ私は、こんなに煌びやかな場所に来たのは初めてなんです。この素敵な時間が私の一声で台無しになるなんてちょっと嫌だなぁって……我儘ですみません」 「ほう。それにしては、あまり料理に口をつけていなかったようだか?」 「えっ!?…それは……、は…はしたないかと…」 彼はもじもじと恥ずかしそうに告白した。 (?はしたないとは、どういう意味か?) 口ごもる榊雪路につっ込みたいことは色々あった気がするが、いつまでも現場から離れるわけにもいかない。 それに無害だと分かった以上、俺に彼を拘束する権利はなかった。 (俺は一体、何をやってるんだか) とっくにパーティーは終わったというのに真斗はひたすら雪路に関係する情報を集めていた。 榊家のこと、雪路の出生、婚約者の存在。 (なるほど、榊雪路は子宮持ちか) これは珍しい。ということは、一緒にいたあの冴えない男が婚約者か。 屋敷にも何度か見合い相手の女達が来たが、蝶よ花よと大切に育てられた彼女らはどうにも真斗の性格には合わなかった。 もっと贅沢させろと我儘を強請り、若い女の使用人に嫉妬する。中には金目のものを漁る行為をする者もいたので最終的に全員追い返した。 しかし、鬼崎の将来を考えれば嫁、子供は必須だ。 藍之助は今後も根気よく、真斗へと見合い相手を好き勝手送り付けてくるだろう。 ―――男色の趣味はないが、いざという時に#アレ__・__#が手元にいたほうが便利そうだ。 それに報告書を見る限り、榊家はかなりの財政難だ。 没落寸前の嫁をもらうメリットがない高橋家は、このままだと榊家を見限る可能性がある。 そうなれば榊雪路は膨らむ借金の担保として差し出されるだろう。 希少な子宮持ちを欲する貴族は山ほどいるが、せいぜい玩具にされるのが関の山だ。 「チッ」 想像するだけで ぞわっと、怒りから全身に鳥肌が立った。 どうする? 今ならば融資の話をするだけで、榊勘十郎は喜んであの末息子を差し出してくるはずだ。 ……ふん。高橋とかいう三流貴族には負ける気はせんな、…って何かがおかしい。 クソッ。あの日から俺は狂っているんじゃないか? これは榊雪路にとっても悪くない条件という意味であって、恩人になりたいだとか、俺が彼を気にしているとかそういうことではない。 「………」 見目麗しいだけの女達より、あの控えめな性格のほうが性に合っている。 目線が合わないのは気になるが己の厳つさくらいは自覚しているし、主人の一歩後ろを歩くのも古風で悪くはない。 (いつか気に入った女との縁談が纏まっても、榊雪路の性格が変わらなければ…愛人として囲っても構わない。それだけだ) 悪くない話だ。と何度も言い聞かせた。 そう、本人と再会するまでは――――。  * * * 「……どうした、食べないのか?」 「あっ」 食事だと迎えに行った真斗は驚いた。 なんと榊雪路はベッドではなく、絨毯の敷かれた床ですやすやと眠っていたのだ。 (まさか、ベッドから落ちるほど寝相が悪いのか…?) さらに雪路の奇行は続く。 じーっと目の前の料理と睨めっこをしているのだ。 腹が減っていないのか、それとも洋食が珍しく箸を取るのを躊躇しているのか… 「雪路さん。異国の料理だからとフォークやナイフを使わなくていいよ。箸を使いなさい」 「っ、!あ…ありがとうございます…」 藍之介からの気遣いに心底ほっとした表情を浮かべた雪路に何故かイラッとした。 父か俺が声をかけるまで我慢するつもりだったのか?分からないことや気に入らないことがあるなら俺に聞けばいいだろう。 仮にも婚約者だというのに… "……はしたない。" 出会った日に雪路が震えながら言った台詞を思い出した。 テーブルマナーを知らず失敗する自分を見られたくないなど、密かに自尊心が高いのか? 「……ぁ、」 チラッと隣に座る雪路の表情を盗み見れば、ぱあぁっと目を輝かせ口角が上がっているのが見えた。 (ふっ。そんなに美味いのか?) 何が気に入った? と聞きそうになって、はたと動こうとする口を止めた。 人の食事風景を見て、愉快だの嬉しいと思うなど―――…。 (俺は……なにを、馬鹿な事を) 真斗も雪路も何かを語ることもなく、藍之介の機嫌良さそうな会話だけが弾んでいた。
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