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(……お、おれは…っ、真斗様になんてことをっ!?) 翌朝、俺はベッドの上で悶絶していた。 一生の不覚だ、恥だっ!! 真斗様の前で散々泣き喚いたあげく泣き疲れて眠って、目が覚めたら借りてる部屋のベッドの上!さらに俺の情けない姿を田中さんにも見られてしまった。 「うぅ、母さん…。みんなに合わせる顔がないよ」 母さんに縋りつきたいけど、そろそろ朝食の支度をする時間だ。いつまでも部屋に篭るわけにもいかない。 ――――よし!なんとしても汚名返上だ、頑張ろう!! のろのろと起き上がり身支度が終わった後は、バチン!と自分の両頬に気合いを叩き込んだ。 なのにーーー… 俺が厨房に顔を出すなり「あらら…」なんて失笑する田中さんと、俺を怪訝そうに睨む真斗様。 咄嗟に昨夜のことを叱られるのだと思った。 「あ、あの昨日は―!」 昨日はご迷惑をおかけしました。とは言えなかった。 えっ、あ、…!?頭を下げる前に俺の体はズカズカと近寄ってきた真斗様に勢いよく担がれ、部屋へと連れ戻されてしまった。 そして今、顰めっ面の真斗様に俺は看病されている。 「ほら、雪路。口を開けろ」 「は、はい…」 躊躇いながらもおずっ…と口を開けスプーンの上に乗せられた卵粥をいただく。 ふんわりとした味は胃をほっこりと癒してくれる。そういえば昨日は夕食をほとんど食べてなかったや…。久しぶりの食事に思わず口がほころんだ。 「おいしいです」 「そうか。食べ終わったら今日は寝て休め」 「そんなっ、大丈夫です!休むほどの風邪では、」 「雪路」 ――――っ。真斗様から強い口調で名前を呼ばれたのは初めてで、心臓が跳ねそうだった。 でも…嫌だ。今日は頑張ろうと決めていたんだ。こんな…ちょっとした熱や体の不調で働けないなんて…。 「元気になるまで休むだけだ、決して悪いことじゃない。それとも俺の言葉に従うのはまだ不安か?」 「…っ、…だ、だって…」 『だって?』 俺は続けて何が言いたい? 昨日言われて気づいた事じゃんか、ここは榊家じゃないって。主人である真斗様が休めと命令するなら遠慮する事ない、けど…。 「本当にいいんですか?一度でも休んでしまったら、私……怠け癖がつくかもしれませんよ?」 信じてもいいのか不安だった。 元気になっても仕事を取り上げられたり食事を抜かれたりしないだろうか…無視をされたりしないだろうか…。 真斗様がそんなことをしないとか、するとか―――― 俺には分からないから、どうしても経験と教えられた事を基準に考えてしまう。 「はっ、お前が怠ける?それは是非見てみたいものだな?」 「っ、いいんですか?働かないんですよ?」 「構わん。お前は頑張りすぎだ。多少手を抜いてもらった方が、こっちが安心できる」 「そんな!こんなにもお世話になってるのに、…っ」 うまく言葉が出てこない。 それよりも働きを認められていた事にチクッとまた、目の奥が痛い…。 ああ、昨日あんなに泣いたせいで涙腺が壊れてしまったんだ…。 「これで今日お前が動き回るようなお転婆者だったら困るな。見つけ次第、鎖に繋いで俺の部屋に閉じ込めるよう田中に言っておくか」 「えっ!?」 「目を離せば倒れるまで無理をしそうだからな」 あまりの衝撃発言に俺は目を剥いた。けど真斗様は至って真面目だったらしく顔を傾けている。 「そんな…お、俺などが真斗様の部屋に入るなんて…!」 「恐れるのがそっちか。ふん、いつか寝泊まりする部屋が同じになる日が来るかもしれんのだ。この際慣れておくか?」 「へ!?」 それはつまり……、!?え、どどどどどどうしよ…! すごく胸がドキドキするし、どんどん顔が熱くなってきた…。だって真斗様と、俺なんかが…っ!?月とスッポン、まさに天と地ほどの差があるのに、そんなこと想像するだけでも恐れ多い! 「ん?顔が赤いな、熱が上がってきたのか?」 ひぇ!? ピタッと俺の額に真斗様の手があてられた瞬間、本当に心臓が止まった気がした。 だ、だめですこれ以上は……! 「っ、ぅ~~~…!だめです…あ、あんまり俺を、甘やかさないでください…」 優しさに飢えてる俺の心が勘違いしてしまいますと、困り顔なのにきっと茹で上がってるに違いない。 じっと上目遣いで真斗様の顔を見れば、やはりやり過ぎたと思ったのでしょう、ぐっと片手で口元を覆い隠しふいっと俺から顔を背けられた。 (そうですよ。そういうのは、…もっと、大事な方に…) 俺はじゅうぶん過ぎるくらいの優しさを与えてもらった。それに昨夜、慰める為でもまだ俺を婚約者だと言ってくれたのは本当に嬉しかった…。 「っ、今日は早く帰ってくる!なにか欲しいものがあれば呼び鈴を鳴らすといい。まぁ呼ばずとも誰かが様子を見に来るとは思うがな?俺はもう行く」 「え、…はっ、はい!あの…、!」 「ん?なんだ?」 「いってらっしゃい、真斗様」 勢いよく立ち上がり早口で部屋を出て行こうとする真斗様の背を、寂しいと思いながらベッドの上から見送った。 病で臥せっていた母さんも、こんな気持ちだったのかな… 「あぁ、雪路。行ってくる」 ーーーたぶん全然 違う。 わざわざ振り返っての、 光に満ち溢れた堂々とした姿は、太陽みたいだ。 だから俺は安心して待ってられる。
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