11 (真斗視点)

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11 (真斗視点)

(真斗視点) 昨夜。雪路が泣きじゃくり気絶したように眠った後残されたのは大量の課題だった。 無防備に全身を預けて目を閉じる細い体は、なんと例えればいいのか……丁寧に扱わなければ壊れそうで心配だった。 しかしこんなに身も心も疲弊しきった雪路を使用人に託そうなど微塵も思わない。まるで子供染みた独占欲で雪路を抱きかかえると、彼に貸し与えている部屋へと向かった。 「そういえば、俺がお前の部屋に入るのは二回目だな」 雪路がここを使うようになってから、"自分の身の回りくらい自分でやらせてください"と頼むので誰も入っていないと聞いていた。少しくらいは彼の色に染まっているのだろうか? (………) それがどれほど甘い考えだったことか ―――カチャリと鍵の掛けられていない室内の、シンとした冷たい空気に目を顰めてしまった。 いや、今は熱のある雪路を休ませてやるのが優先だ。 ゆっくりと布団をめくり慎重にベッドに下ろしたつもりが、雪路は消えたぬくもりを探すように薄っすら目を開けてしまった。 「……まなと、様?」 「――っ」 寝ぼけている雪路が真斗の服の裾を掴んで引き留めて『まだ腕の中にいたい』、おぼろげにもそんな表情をしていた。 無意識に真斗を求める仕草さは愛おしく、自然と笑みが溢れてしまう。 「大丈夫だ、雪路」 つい誘われるように伸びてしまう自分の手を叱咤し、―――そっと布団を被せた。 ここにいてやりたいが真斗と雪路が一緒に寝るわけにはいかない。 「いい子だから、今夜も明日も無理せずゆっくり休め」 「……まな、と…さま…、」 「あぁ、俺はここだ。眠るまでそばにいてやる」 だから俺を探すな 探さなくていい。 言い聞かせるようにそっと頭を撫でてやれば、ようやく雪路は安心したように再び静かな寝息を立て始めた。 (寂しいな…) 改めて部屋を見渡した感想がそれしかなかった。 そもそも雪路の私物は初日に持ってきた手荷物だけだ。後日、榊から雪路宛の荷物が送られてきたことがなければ、街へ買い物にも行っていないのだから持ち物が増えるわけがない。 ――それでも雪路は、この部屋で何日も過ごしていたはずだ。 生活に困らぬよう日用品くらいは部屋に備え付けてあったが雪路がそれらに触れた形跡はないどころか、そもそも生活感というものが感じられない。 庭を見たかったのか窓に寄り添うように配置された椅子以外初日と変わらない配置。 これではまるで… 『真斗様が望めば、いつでも出ていけます』 一度だって雪路の口から出たことのない言葉が聞こえた途端、ギリッと歯軋りをしやり場のない怒りに拳を握っていた。 (仮に出て行って、お前はどこに行く?) 【追い出さないでください】―  あんなに鼻水を垂らしながら泣きじゃくった癖に頭の中では大人しく出ていくことを妄想していたのか? ふざけている。 悲観に暮れるより先に俺に媚を売るとか微笑みかけてみるとか、一度でも試してみればいいものを… 「俺は、お前に何をしてやれる?」 仮にもし雪路が起きていたとしよう。それでこの質問を投げかけたところでどうなる? 真斗から目を伏せるに違いない。そして、【既にこの身に有り余るほど良くして頂いてます】と満足気に答えるに違いない。 そんな姿ならば容易に想像できてしまうのが一番腹立たしい。 「……チッ」 今すぐ叩き起こし文字通りの"既成事実"を叩きこんでやろうか?むしろ雪路はその方が「新たな役目ができた」と喜んでくれそうだ。 恐らく抵抗もしないだろう。 (だが、それで”妥協”されてしまうのは腹が立つな……) 楽な道だが最善とは言い難い。むしろ今より雪路との距離が出来そうな気がしてしまう。 (が、このまま立ち去るのは気分が良くないな。それに私物が着物だけということはなかろう) せっかくだ。雪路の趣向品かそれに通ずるものはないか調べておいて損はない。不躾だと分かった上で少々部屋を物色することにした。 * * * 物色といっても雪路が持ってきた着物や持ち物はすべて箪笥の一段目に纏めて置いてあったのだが…、奥に何か包みがあるのを見つけた。 (女物の簪と、折り鶴か) 何故か手拭いに包まれていた二つの品。 ―――石は琥珀か? 髪の短い雪路が簪を身につけているところを見たことはないが、よほど大事なモノなのだろう普段から手入れされているのが分かる。 もう一つの器用に折られた小さな折り鶴は、どういう意味があるのか?単に折り紙が趣味なのか? 結局なにも分からなかった。 「ここがお前の家になるのは難しいか?」 なぜ、真斗が雪路にここまで尽くしてやりたいのか? そんな答えなど最初からずっとあったではないか。 父の誕生日パーティー、それも任務中だというのに気づけば始終雪路の姿を目で追っていた。 最初は儚げな印象に惹かれ放っておけないと思ったからに過ぎない。 それが日が経っても姿を忘れられられず婚約者がいると知っても尚、榊雪路を誰のモノにしたくないと執着した。 ―――しかし肝心の雪路が、鬼崎に迎え入れても主人とはロクに目も合わせず、さらに家事ばかりに夢中なのも面白くなかった。 (………俺は拗ねて、嫉妬していたのか?人ですらなく家事相手にか) 馬鹿馬鹿しいが腑に落ちた瞬間、己の器の小ささにふっと笑いが込み上げてきた。今なら雪路は居場所の確保のため努力していたのだと分かるが、その心境を知らなかった自分の目には屋敷のことをこなす雪路はそれほど生き生きして見えていたのだ。 …… まぁいい。それより問題は今後だ。 絶望的に低い雪路の自己肯定力をどうすべきか 貴族らしい教養も自尊心もなく、だからといって悪意に耐え続けられるほど強い心を持っているわけじゃない。 ――――雪路は、人形だ。 真斗に従順にしているのも、ここでしか生きられないと思い込んでいるからに過ぎない。主人から命令があるまで大人しくしていればいいと思い込んでいるのだ。 だが、今では鬼崎真斗の”婚約者”だ。 他の誰かのために用意された器ではなく、藍之助の誕生日会。美しい庭園で芋虫が無事蝶になることを望んでいた雪路の方がいい。 【幸せそうに、笑ってほしい。】 「おやすみ」 「・…ん、…、」 耳元で語りかければ、幸せな夢を見ているのか雪路がふっと笑った気がした。 (俺は認めたし覚悟を決めたぞ?お前も鬼崎がいいと言ったのだから、今さら手放してもらえると思うなよ) 榊雪路など必要ない。 求めているのは、鬼崎雪路だ。 しかし、 「真斗様、田中さん、おはようございます!」 「あ、あの昨日は―!」 真斗が決意を新たにした翌朝。 さっそく雪路が熱のある体を起こして厨房に顔を出すものだから改めて問題の大きさを思い知ることになった。
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