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求められることすら満足にこなせない。 そんな俺が…… " ――――真斗様の、お傍にいたい " 昂った気持ちが溢れてしまったとはいえ、なんと恐れ多いことを口走ってしまったのか…!? ザッと血の気が引いていくのを感じた。 「ちっ、違うんです!お傍にいたいっていうのは鬼崎家に置いてほしいという言葉の綾みたいなものでっ」 「綾だと?」 あぁ、ごめんなさい真斗様…!! もしも俺の口が達者だったなら場の空気を下げることのない上手な言い回しができたのでしょう。だけど俺はロクに教育を受けたことも、誰かと長時間話すこともなかったんです…。 ―――ごめんなさい… この身の程知らずな卑しい願いなんて… 怒ってもいいのでどうか聞かなかったことにしてください! 「私はっ、真斗様が貴重なお時間をくださっているのにうまく説明も出来ません。いつも時間と手間ばかりかけさせてしまい…」 「するなと何回言わせる?謝罪など余計だ」 「………」 謝罪をするなと言われてしまえば口ごもるしかなかった。 「はぁ。仕方ない、今回だけは聞かなかったことにしてやる。それより最初の話に戻るがいいか?」 優しいのに有無を言わさないピリッとした空気だ。"はい"以外の返事はなかった。 「やはり着物が欲しいなんて動機は不純でしたでしょうか?」 「まずそこだ。服ならばお前の部屋に用意してあっただろ?あれでは駄目だったのか?」 「……?その、駄目とはどういう意味でしょう?」 はて、と首を傾げた。 確かに大きな衣装棚の中には着物をはじめ真斗様が普段着られているような洋服が何着かあった。 きちんと職人に仕立ててもらったのだろう。破れや汚れなどもない、…え? 「雪路。あの部屋は誰のものだと俺は言った?」 「……わ、私の、?」 「ならば誰の為にあるのか微塵も考えなかったのか?」 「…………」 「…………」 なんで盛大な溜息をつきながらガッカリされるんですか!? 「そうだ、そういう奴だった…」とか呟かれるので大変申し訳ない気持ちでいっぱいになるし、その様子を見て気付かないほど愚かでもない。 「俺はお前の気に入るものがなかった、もしくは汚したくないから着ていないのだと思っていたぞ」 「ううっ…。だってそんな、俺のために用意されてただなんて思いませんよ…」 「これでお前が働く理由はなくなったな?」 むぅー…解せない。なぜ嬉しげに笑うんですか? それに服の件はいいとしても真斗様をはじめお世話になってる使用人さん達にいつか恩返しはしたいと思っておりますが? けど、それを今話すのはよしておこう…。 それより感謝と喜びの感情をどうお伝えすればいいのか…。 「すまない。いつまでもこの体勢だと居心地が悪かったな?」 「だ、大丈夫です!待ってください」 「雪路?」 ――――離れないで、と俺の上から退こうとする真斗様の腕を掴んだ。 どうしてだろう?ずっとドキドキと気持ちが昂っているんだ。 「真斗様、俺は…、そのっ…!」 会話に集中しなければならないのに、胸の奥が切なくて苦しい。 離れないで、 離れていかないで・・・ いや、それはなにも今日に始まったことじゃなかった * * * (真斗様は今晩も仕事なのですね) 今夜も俺を起こすことなく軍部に向かう背中を部屋の窓から見守っていた。 分かってるよ、こんな風にこそこそ見送りをしないで玄関まで行けばいいってことくらい。だけど、『今後は見送りなどしなくていい』って言われたら悲しいじゃんか。 外灯の明るさのおかげで俺の方からはハッキリと真斗様のお姿が見えるけど、万が一にも視線が交わることのないよう部屋の灯りは消したまま様子を覗き見る。 (あ・…) 時々真斗様は俺の姿を探すようにこっちの窓に向けて顔を上げてくださるのだ。 それが、とても嬉しかった。温かかった。 榊では許されなかった視線が交わることを許された時、俺は自分がとんでもないことをしている気持ちになっていた。 「…お気をつけて、行ってらっしゃい」 窓の片隅に置いた椅子に腰を掛けいつ戻るかもわからない帰りを待つ。 ――――それだけで十分に幸せだった。 真斗様の背中が大好きだ、安心する。同じ国で育った者とは思えないくらい堂々とした黒い瞳はありとあらゆるものから俺を守ってくれる気さえした。 なら、俺に役立てることは… 「真斗様、私では… 役不足でしょうか?」 「は?」 「男が婚約者でもいいということは、そのっ、対象が…」 ずっと考えていた。 どうして、真斗様のような素敵な方が俺を選んだのかと。 真斗様がどんなに手を尽くしても入らない想い人に俺が似ていたのか、はたまた性の対象が男だったのか。 (後者だったら、いいのにな……) そなら今だけでも 真斗様の一番になれるかもしれない。 夢のような淡い期待だった。 「雪路」 「ち、違ってたら、すみません!」 俺はズルい。だって真斗様が折檻をしないことくらいとっくに学習していた。 それどころかを強請るように火照る瞳で見つめて、効果があるかどうかも分からない手段に出たのだ。 どうか拒否しないでください。 ―――― 俺は真斗様になら……。 「それは、誘いだと思っていいのか?」 「はっ、はい!」 俺は、真斗様になら構わない、怖くない。 恥ずかしくて表情を伺うことはできなかったけれどはっきりと頷いた。 * * * 「ん、っ…はっ・…」 心臓の音がうるさい うるさすぎて頭が回らない。 真斗様は優しい… 俺はあのままソファーでもよかったのに俺の体を抱き上げてベッドの上に降ろしてくださった。 そして何度も口づけをして、お互いの息を奪った。 「慣れているな?」 「……っ、ある程度は必要知識だと…、ご不快でしたか?」 声がやや不機嫌そうに聞こえるけど俺はいっぱいいっぱいだ。 俺の最低限の作法は、純治兄様が手ずから教えてくださったものだけだ。ただ、何の教育を受けないままでは”役目”が務まるわけがないという理由から…。 (兄様の言い分は確かだ…) 俺は見目麗しい容姿なんかじゃない。女性のように柔らかく豊満な肉体でもない。ただただ貧相な体をした男なんだ、満足してもらえるのが難しい。 「真斗さま、…やはり俺では」 「雪路、俺を見ろ」 他所のことなど考えなくていいと、俺を現実に連れ戻してくれる大きな存在。 その方が少し息を荒くしている姿にぞくっと心の奥が震えた。 「安心しろ、お前に不満などあるものか」 俺の冷えた心の奥を包み込んで温めてくれる言葉に、ドクンッと体がいっそう熱くなった。 "中途半端"だといつも馬鹿にされていた、こんな俺の体でも貴方が必要としてくれるならば…。 「雪路?」 「真斗様…・…、俺をどうか、どうか…、壊して」 「俺は怖いです、優しさもあたたかさも、ぜんぶ・…怖いので、酷くしてください」 それでも不思議と怖くはない、恐れもない。 貴方が与えてくれる痛みなら喜んでいいんだと刻んで教えてほしい。 貴方が俺を壊して、また作ってほしい 「あ、っ…、…!」 まるで盛りの付いた獣になった気分だった ずっとずっと、足りないと貪る 熱が、吐息が…考えなくていいと教えてくれた 「んっ、ああ、っ…っ」 「雪路、俺を見ろ。雪路」 その声がただただ道しるべで、―――受け入れた痛みすら愛おしい。 腹の奥が苦しい、息をするのが…っ 「はっ、ーーっ、あ゛、真斗さまっ…」 「大丈夫だ。俺はここだ」 あぁ、そうだ 目を開ければすぐそばにあった、優しい、優しい、俺の……… 「っ、まなと、さっ…」 「雪路」 強く抱きしめてくれる体に爪を立てて縋り付いた。 あぁ、こんなにも俺はーーーーー…
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