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(えぇえええ―――――!?) 叫ばなかっただけ偉いと思えた。 泥のように眠った翌朝、目覚めると俺の目と鼻の先には真斗様の迫力ある美顔があったんだから 嘘っ!?なんで、どうして!? 昨夜寝る間際、真斗様は一緒に寝ようと布団へと招いてくれたけど俺は長時間雨に打たれた後だ。もし風邪を引いていたら真斗様に移しかねないと添い寝は断った…だからコレはありえない事態なのだ。 俺が真斗様の布団の中、腰に腕を回された状態で熟睡してたなんて… 「おはよう、雪路」 「おひゃっ、ようございます…」 思わず噛んでしまったことを真斗様が気にした様子はなかった。 それどころか熱はないか?なんて俺とおでこを合わせてくるものだから「ひぇえええー!!」と聞いたことのない声で心臓がおかしな悲鳴を上げた。 「~~~~~~なんともありませんっ!平気です」 「本当か?少し頬が赤いぞ?」 「それは、真斗様との距離が近いからです…!」 「はは。なんだこれくらいで照れたのか、初心な奴だな」 はにかんだ笑顔を見せてくれますが、貴方に見つめられて恥じらわない人間がいるとお思いで!? たまらず真斗様から視線を外せば俺の瞳には綺麗に晴れた青空が飛び込んできた。 ―――― あれ、なにか大事なことを忘れてるような…? 「あああ――――!!」 「おい、突然耳元で叫ぶな暴れるな。傷に障ったらどうす「俺のことより真斗様、ここから軍部って近いんですか!?お仕事のご予定は!?」 そうだよ真斗様には大切な仕事があるじゃないか! 慌てて布団をふり払い狼狽える俺とは反対に、真斗様は俺が布団から飛び出さないよう腰へと腕を巻き付けてきた。 「今日は休みだ」 「――――え、休み?」 ということはお仕事はないのか…よかったぁ。焦る気持ちと力が一気に抜けてほっと息が漏れた。 真斗様は昨日の祭事や土地に異変がないか見回る任務も兼ねていたそうで、とくに問題がなければ土地神様にご挨拶するだけで良かったらしい。 「例え今日が仕事でもお前を残して行くわけないが」 「そんな!私はそうとは知らずお祭ではしゃいだばかりか、お仕事の邪魔ばかりして…」 「構わん。俺は元より雪路に家や諸々の事情を話すつもりはなかったからな。それより楽しむ姿が見たかっただけだ」 「……それをあのクソ狐が余計な真似を…」 えっ、ん?狐??不満の行き先が神様ではなく何故狐になってしまったのか… 俺の知らない何かがあったのだろう。隠すことなく苛立つ真斗様の様子に俺はどんどん不安になってしまった。 「もしかして私は、神様に嫌われるようなことをしてしまいましたか…?」 昨日話してくださった鬼崎のご先祖様が神職だったならば、あの神社にも縁やゆかりがあったのかもしれない。真斗様も神様をご存知の様子だし…。 ただでさえ世間知らずな(許嫁)だ。普段からの行いだけでなく場違いな願いをしたばかりか真斗様を巻き込んでの身勝手な行動をしでかした―――神様からしてみれば俺の第一印象は最悪どころか怒らせたかもしれない。 もしや豊穣祭の途中で大雨に見舞われたのって俺のせいなんじゃ…? 「思い当たることがあるなら心の中で謝っておけばいい。この距離なら祈りも届くだろう」 「本当ですか?」 「強く想えば、きっとな」 「……はい。頑張ってみます」 俺は一度だって神様や霊的なものを見たことはないけれど真斗様の励ましを受けて精一杯強く祈った。 神様が今さら俺の懺悔を聞き入れてくれるかは分からないけど、鬼崎家のことが大好きなお方なら…こんな俺の謝罪も少しは聞いてくれそうな気がした…。 「怪我が治ったら改めてお祈りに行ってもいいですか?」 「あの神が勝手に臍を曲げただけでお前悪くない。そこまで悩まなくていいんだぞ」 「いいえ、ちゃんと謝りたいです。雨は…本当にただの偶然かもしれませんが、あの雨に打たれて私には心残りや後悔がたくさんあるって気づけました」 雨が降らなければ俺はもっと山奥に行っていたはずだ。その先には猪や熊がいて襲われた可能性だってある。 謝罪だけでなく感謝もしなければと思う俺の声を、「そうか」と細く笑って真斗様は許して下さった。 「宿は昼過ぎまで借りている。ゆっくりして帰ろう」 「あ…とろこで……わたしはどうして真斗様の布団にいたのでしょう?まさか寝ぼけて入ってしまいましたか?」 「さぁ、どうだったか?俺も昨夜は愛くるしい白兎を追いかける夢を見て寝ぼけていたからな。生憎と覚えちゃいない」 あ、すっごく意地悪な顔をしてらっしゃる…。 * *  真斗様は好調らしく俺も山で挫いた右足が少し痛む程度で身体の不調はなかった。けど、 「食事は部屋食にしてもらった。ほら、もっと口を開けろ。お前はもっと食わねばな」 「足はどうだ?立つ必要はない、俺に任せろ」 どうも山で遭難しかけたせいで過保護に拍車をかけてしまったようだ。 断じて俺は歩けないわけじゃない、お医者様から禁じられたわけでもない…のに少し移動しようとすれば真斗様に抱きかかえられてしまう。 (それが部屋の中だけだったら良かったのに……) 宿に温泉があると誘われ、行きたい!なんて口走ったばかりに…! 廊下ですれ違う他の宿泊達の「一体どこのお偉いさんだ?」「お忍び旅行か?」といった好奇の視線に晒されてしまった。 ……でも許して下さい。俺ははじめての温泉という誘惑に勝てなくて愛想笑いを浮かべても内心はワクワクしてたんです。 にしても真斗様ってあんまり人目を気にされない方なのかな? 「随分と気持ちよさそうだな」 「はい、あたたかくて気持ちいいです…」 昼間の時間帯が良かったのか広い温泉には俺と真斗様だけ。他に利用者はいなかった。 (はぁー… 幸せだぁ。母さんも連れてこれば良かったな…) このままお湯に溶けていきそうなくらい気持ちがいい。 隣で温泉に浸かる真斗様もなんだか嬉しそうに見えます。 「ふふ。鬼崎といい温泉といい、こんなにお湯が沸き出てる光景って不思議ですね」 「うちのもか?あれは湯沸かし器という異国の技術で成り立っているもので自然の湯じゃないぞ?」 「そうなのですか?榊にいたころはお湯はとても貴重で、のんびり浸かるなんて出来ませんでしたから…」 居住のため与えられたのは物置小屋だけで、そこに厠や風呂があるわけがない。冬にお湯で身体を拭いても冷えるだけで逆に体調を壊してしまう。だからどうしても…というとき以外は我慢して川や井戸の水で身体を清めた。 時折純治兄様が「臭い。それでも榊の人間か」って俺を母屋にだけある風呂場へ入れてくれたけれど、いつも父様や他の兄妹らに見つからないよう息をひそめての入浴だった。 (それでもあったかいお湯は気持ちよかったなぁ…) 数少ない幸せな記憶を懐かしむ俺を横目に、真斗様が険しい表情を浮かべていたことなんて気づけなかった。 「明日からは風呂も一緒に入るか」 「え!?」 「いや、風呂だけじゃ足りんな。寝るのも一緒でいいか?」 なにをしれっとおっしゃるのだろうか、この方は!? 「使用人らがお前が入った後は湯がほどんど減っていないと呟いていたがようやく理由が分かった。お前はベッドは使わん、湯は使わん…、まさか出家でもするつもりか?」 「しゅ、出家!?そんなつもりはありませんよ!?」 俺は子供を産み育てるだけの存在なのだから仏門に入るなんて一度だって考えたことがない!だから真斗様の口から出家なんて言葉が出てくるのは予想外すぎた。 「昨日も話したが出家だろうがどこだろうが、お前を手放す気はないがな」 「え…」 「お前が俺の傍がいいと言ったように俺もお前にいてもらいたいだけだ、出来る限りで構わん」 それはもはや婚約者という立場を超えているのでは…? あぁ、けれどとっくに… 俺が真斗様に抱いてもらった日から清らかな関係など崩れている気がする。 「でしたら…私から一つ条件を出しても、よろしいでしょうか?」 「なんだ?」 「夜間も、私が起きている時だけでもいいのです!真斗様が招集を受けた時、お見送りをする許可をください!」 「は?」 みんな優しい人たちだ。真夜中でも俺に気を遣って起こされなかったのだろうけど(起きてたけど)、ちゃんといってらっしゃいませ。の声掛けをしたい。 窓越しなんて嫌だ。 真斗様の目を見ながら、心から無事を願う貴方への声掛けを… 俺もしてもいいって許可が欲しい。 「やはり、だめでしょうか…?」 「………」 「あの…?」 「…………頼む。急に俺を口説くのはやめろ、そうゆうのは俺がするものだろ…」 「くっ、口説く!?俺が真斗様をですか!?」 他に誰がいる? あきれた声と俺を見つめる瞳はお湯のせいか、いつもより艶やかで優しく響くて… 「足が治ったら、覚悟しておけ」 真斗様がそんなことを言うから…!俺の体温が、お湯のせいとは関係なく急上昇した。
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