21

1/1
前へ
/28ページ
次へ

21

(真斗様…、真斗様…) 泣かなくていいって俺に囁き、涙の滲む目尻それと頬へと与えられる唇に戸惑っていた―――。 チュッと挨拶をするみたいに額からはじまったそれは真斗様の慈愛に満ちた優しいキスの雨だった。 「ぁ、っ… 真斗様…。ようやくお屋敷に帰ったのに、その…、私にばかり構ってて良いのですか?」 「ん?急にどうした?」 「い、いえ。傍にいてくださるのは嬉しいのですが、昨日から今に至るまで真斗様を独占してしまいましたから…」 田中さんだって突然の留守を預かってしまったのだから報告したいことだってあるだろうし、真斗様だって俺の世話で相当お疲れのはずだ。 失礼にならないよう言葉を選びながら伝えたつもりが「しょげた顔で言うのがそれか?」と小さく笑われてしまった。 「俺の最優先事項はお前だ。それと田中だって今俺が顔を出せば嫌味を言うぞ?"旦那様があと一週間ほど家を空けても問題ありませんでしたが?"と」 「ふっ、それ田中さんの声真似ですか?…ふふ」 「なんだ、似てなかったか?」 珍しく冗談ぽく言うのがおかしくて、もっと笑ってしまった。 田中さんは幼い頃から鬼崎家に仕えているらしく、真斗様とは”雇用主と使用人長”という立場を除けば幼馴染かつ、ご友人なのだと聞いた。 いいな、うらやましいな…。 俺には友達と呼べる間柄の人がいなかったから純粋にお二人の関係を羨ましいと思う。 「よかった、ようやく笑ってくれた。お前は俺が触れる時いつも泣いているからな」 「あ、それは…違うんです…」 俺は元々痛みには強かった。 それに泣く暇なんてないのだ。理由はどうであれメソメソ泣く俺をお父様が許さなかったし、いつまでも泣いてちゃ自分の体が使い物にならないのを知っていたから。 俺は泣き方すら、とっくの昔に忘れていた…。   「泣き虫になったのは真斗様や田中さん達が優しいからです。でも、いいんです……、俺は幸せ過ぎて泣いているのですから」 「雪路」 貴方の呼ぶ声が、愛おしい… その手に―――ちょっとだけ甘えていいですか? 頬に添えられたままの手にすりっと懐いて頬ずりをすると、微かに真斗様の指が動いた。 「……っ、煽るな。こっちは我慢してるんだぞ」 「あおる 、がまん…?」 「おい。また無自覚か」 「ちょっ……、ふふ。……くすぐったい、です…」 こしょこしょと顎をくすぐられるとこそばくて、自分が子犬か猫にでもなったみたいだ。 (でもいいかなぁ…。犬でも猫でも、真斗様はとっても可愛がってくれるんだ) ―――雪路、ではなく貴方がつけた名前で愛される。 家柄とか立場に世継ぎ…ややこしいことなんか考えず、ずっと一緒にいられる。 毎日こんな風に甘えて、幸せなんだろうなぁ… とろとろと心を溶かす甘美な言葉と優しい触れ合いにすっかり酔いしれていたけど、ハッとした。 じんじんと下腹部を中心に集まる熱に気付いてしまった。 「‥‥‥っ、!」 「どうかしたのか?」 「い、いえ。こんなにもお顔が近いと、やはり緊張してしまいます…」 (う、うそ…っ、こんな……勃ちそうになってる!?) どうして気づかなかったのだろう、鈍いにも程がありすぎだ。 真斗様からしてみれば戯れでしかないのに! ‥‥‥‥これはバレたら恥ずかしい!!否、バレるわけにはいかない!! だから『真斗様!』と強く名前を呼んで静止してしまった。 「嫌なのか?」 「い、いえ!そういうわけじゃないんですが、‥‥これ以上の触れ合いは少し過剰かと思いまして…」 淫乱や変態、だと思われるよりいい。 それだけは阻止したいのに… 悲しいことに思い出さないようすればするほど、真斗様と過ごした夜のことを鮮明に思い出してしまう。 だって忘れるには刺激が大きすぎた。それも日々の慰めに、貴方の声を辿るくらい―――…っ。 あぁ、だめだ… ―――もぞもぞと足を動かして誤魔化すのも限界だ。 「雪路、」 やたらと震える体、下半身を真斗様が不審に思うのは当然だ。 そして死んでも隠したかったこその場所に、―――真斗様は目を向けてしまった。 「あ、っ…、ぅ…、そんなに、見ないでくださいっ…」 「………あ、すまない」 最悪だ最悪だ最悪だ!!! なのに萎えない、萎えちゃくれない…。いっそこの耐えがたい羞恥心の中に溶けて消えてしまいたい…! 「重ねて謝るが、宿では足が治るまでと言ったが続けてもいいか?」 「へっ、え!?」 「いや、続けさせてくれ。本気で嫌だったら殴って逃げてくれて構わん。まぁ逃がさないが」 俺の許可を請う台詞のように聞こえても ギラギラとした真斗様の瞳は、まるで狩りをする猛獣みたいだった。 * * * 真斗様を殴って逃げる気なんて毛頭ない。それに俺だってもっと触ってほしいと、願ったり叶ったりの状況なのにするものか 「あ、っ、あ………」 ”獣”なんて訂正だ。真斗様の手は相変わらず優しい。 明るい部屋のままでは嫌だと訴えれば、「温泉は平気だっただろ?」と何故か呆れられてしまったけど、明かりを最低限に落としてくれた。 (あっ、‥‥、おれの胸を、触って楽しいですか…?) こそばくてぞわぞわする。それに… 俺の乳首なんかを真剣な顔して吸う真斗様の顔は、ちょっと直視できない。 薄暗い部屋で本当によかった。 「…ん、……、っ」 うれしいのだけど、とても…俺が見ちゃいけないものを見ているような気がしてしまう。 なんだろうこの感情は…  真斗様が、とても――― 「っ、…はぁ、…、真斗様、かわいい…っ」 「は?」 あ。つい口に出してしまった……。 だって、そう思っちゃったんだ。本心に変わりはなかった。 「なるほど。お前は余裕そうだな?」 「え、…えっ?」 「雪路。そういえばお前はいつもいつも折檻を望んでいたな?今回の件も俺からの罰を望んでいた。なら一つ、軍にある拷問のひとつを教えてやろう」 折檻ではなく、拷問!? それはとても怖い言葉なのに… どうしよう 貴方なら俺を傷つけないと、絶対的に信じていて 次の言葉を待っている。 そして俺の体はぐっと、真斗様の鍛えられた体に押しつぶされるような形で押し倒された 「心配するな、ただ、今からお前の脇腹をくすぐるだけだ。耐えろよ?」 「脇、――――へ、っ、ちょ!?、ひゃ、――――ははっ!!」 全身を駆け巡ったのは快楽ではなく、くすぐられたことで強制的に引き出される笑い声だった。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

572人が本棚に入れています
本棚に追加