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24 エピローグ
すっかり春だというのに、しんしんと雪が舞う社。
人の声など一切ない。ただ静かな神社を根城にしている一匹の狐は、愉快気に口元を歪ませていた。
そうか、そうか
お前はそういう生き方を選ぶのか‥‥ 実に面白い。
「随分と楽しそうですね」
「そうだ。人間とはいつも予想外の行動で私を楽しませてくれる」
ぺろっと目の前の美酒を舐める。
ふん、人間とは本当に器用な生き物だ。先ほどの油揚げも中々のものだった。
「残念ながら貴様の息子は、アレとともにあることを選んだようだぞ―――― 藍之助?」
狐にその名前を呼ばれようと正座し、狐と同じ酒を嗜む初老の男は何も言わない。
「生身で神と対話できる異端の一族。そしてそれが呪われた時貴様達を愛した女神、母大樹(ぼたいじゅ)が滅びぬように苦肉の策として用意した子宮持ちらよ」
「‥‥天之宇迦」
「呼ぶな、その名前は心底好かん。貴様は息子を普通に育て、普通の人生を歩ませたかったのだろう?子宮持ちを番いに持てば、呪いは次世代へと継続される。藍之介…お前はお前の代で、滅びようとしていたのだろう?」
その問いに、人間の男は酒を飲むだけでなにも言わない。
相変わらず静かで、柔らかい。昔よりもずいぶん小さくなった背中だが――― 人が背負うにはあまりにも大きなものを背負っている。
(先先代かの母大樹も酷なことをしたのぉ)
神々と心を通わせ対話をできる鬼崎の人間は 一部の神から熱烈に愛された。
これが滅びるのは おもしろくない
これが滅びるのは かなしい
これが滅びるのは 勿体ない
どの血族よりも 愛おしい。
――――神達はいずれも身勝手な理由で、いままで彼らの血が絶えぬよう生かした。
「アレは雪路だったか?あの子宮持ちと貴様の利害が一致したからこそ、私は憎まれ役を買って出たというのに……真斗にまで嫌われてしまったではないか?」
ただ一人の、何も持たぬ人の願いや恨みを叶えようなど 神は思わない。
あの時雪路の死を願ったのはもう一人いた.
「数少ない子宮を持つ彼らを巡り、散々骨肉の争いを繰り広げた一族に未来などないでしょう。とっくに滅びておけばよかったのです」
「難儀なものだ」
心底哀れんでの言葉だった。
「今では国に飼われ人を殺し神をも殺す、その罪は私が持っていくつもりでしたが……」
滅びるのであれば、せめて平穏な日々を―――
藍之助が雪路を許したのは、一目見て榊雪路が鬼崎を背負う器になれないと知った上でのことだった。
己の代で鬼崎という一族に終止符を打つつもりだったが計画が狂い始めている。
「そうだった― アレの魂を迎えようとして分かったことだが‥‥
もしも呪いを解呪できる人間がいるとしたなら、どうする?」
まさか…、そんなことがあるものか。
目を見開く人間に 狐はにニヤリと笑った。
(さぁて この行く末を、誰が見届けるのだろう)
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