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ガタンッと音を立てて倒れる椅子の音。足元から落ちるように真斗様へ平伏した膝。
「―――――――っっ!!」
吐き慣れた 謝罪の言葉だったはずなのに、自分のものとは思えない
ひどい金切り声をあげていた。
ごめんなさい、許してください、ごめんなさい……。
何度も何度も 真っ暗な視界の中で、声にならない謝罪を繰り返した。
視線を感じる背中が熱い。
心臓は痛いほど鼓動して、呼吸が苦しい。
気を抜いたら最後、呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。
【疲れたから出来なかった?……ならいい。お前はしばらく何もするな】
【"何をしたらいい"、だと?甘えるような奴に仕事などあるものか。昨日のように休んでいればいいだろ】
――――お父様の冷え切った目と淡々とした口調は、休んでしまった俺を無能だと見限っていた。
この時、”しばらく”なんてものは方便だということを知った。
ごめんなさい、ごめんなさい
…もう休みません、二度と疲れたなんて弱音は吐きませんから…
働けなければ、俺はただの穀潰しで、役立たずだ。
まだ道具だと思われた方がいい――――…。
(……真斗様の気に障るようなことを、いつしてしまったんだろ)
悔やんでも悔やみきれない。
耳の奥から激しく脈打つ心臓の音が聞こえるのに、指先からはどんどん体温が引いていくのに…
(俺が何をやっても結局ダメなのかな…)
頑張って頑張った結果がコレなんだと、自暴自棄に近い衝動に駆られてしまった。
だって、ひどく疲れた―――……
元々が"要領が悪い"、"顔がよくない”、"成り損ないの体"だ。それを自力で治すことができたんなら、とっくにそうしていた。
それが叶わない致命的な部分なんて、欠陥でしかない。
どんな事にだって耐えてみせるので、どうか俺に住む居場所をください。
誰にも奪われない、叶うならば誰だっていい、"雪路はここにいていいよ"って言ってもらいたい…。
【ひとりにしないで。】
こんな浅ましい心ごと、体をどこかに放り投げて――― 泣き喚きたくなった。
「………追い出さない、で、……っ」
助けてほしかった。
「雪路」
――――不思議だ。
真斗様に抱き上げられてから、数秒が数分、いやそれ以上に思えた。
俺は何を言うわけでもなく、ただじっと腕の中におさまってた。
人の体温をここまで感じたのは、母さんが死んでからなかった。
あぁ、そうだ
お顔をいつまでも見上げているなんて、許されないことだった…。
「雪路」
ゆっくりと視線を落として俯こうとすれば、「こっちを見ろ」。けっして厳しい声ではなかったけれど、そんな意味で名前を呼ばれた気がした。
再び交わる真斗様と俺の視線。
そして落ち着いた口調で真斗様は言う。
「言い方が悪くてすまなかった。俺は、お前の手が気になっただけだ」
「わたしの、手?」
「何故ボロボロになるまで無理をした?痛々しくて見ていられん」
なんで?家事をすれば手が荒れるのは当たり前だ。
この程度で痛がってたら、何もできないじゃないか。
信じられない、と目だけでも感情が伝わってしまったのか真斗様は失笑しつつ続ける。
「そもそも優先順位を間違えているのは、お前の方だ。主人の機嫌伺いすることもせず、毎日朝から晩まで…こんなに手が荒れるまで何をやっている?」
「……機嫌、うかがい?」
「お前の立場は何だ?」
ポカン、としてしまった。
俺の立場?
それに俺がとれるような機嫌なんてあるものか。逆に真斗様を不快にさせてしまうだけだと思うのです。
「……で、ですが…普段の私にできることなんてこれくらいしか、ありません」
「難しく考えるな。たまに家事から手を放し、俺の話し相手になればいいだけだ」
「!?話し相手なんてそんなの、私には分不相応ですっ。許されるはずが……!」
「誰の許しが必要だ?」
――――だれ、の?
詰まる言葉と、やっと気づいたのかと小さくため息をつく真斗様。
あぁ、やっぱりこの方は……今まであった誰とも違う…。
「雪路は俺の婚約者だ、今さら榊に返すものか。だからそんなに気を張らずもっと、気軽に過ごしてもらえると助かる」
ぎゅうっと苦しかった胸の痛みが解けていくのを感じた
その目が、声が―――― 俺を慈しむように、とても穏やかなものだったから…。
真斗様が伸ばした手がそっと俺の頭を撫でた瞬間、
ボロッと なにか大きなものが落ちた
「…っ、ふ、ぅっ、う゛ぅううあああああああああ――――!!」
涙は 厄介で、大嫌いだ。
だって勝手に溢れて止まっちゃくれない
泣いた後はどっと疲れて、力が入らなくなる。
うるさいし、見っともない。
こんな俺がぐしゃぐしゃと泣いたところで……
「っ、真斗さま、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ…」
たまらず禁止されていた謝罪を何度も口にしてしまった。
必死に真斗様の服にしがみついて、許しを請う
「謝るのは俺の方だ。お前の気持ちを知ることができなかった」
「許してくれるか?」
俺の泣きじゃくる様子に気が抜けたのか壁に背を預けた真斗様は俺を強く抱きしめたまま、ずるずると床に腰を下ろした。
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