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Ⅰ ツバサの影
「先生はどうして芸術家になろうとしたんですか?」
一番最初に飛んでくる質問は……まあ定石とも言える質問であった。
「やりたいことだったから、かな」
当たり障りのない返事に我ながら申し訳ない気持ちになる。とは言え、他人に自分のことを軽々しく晒すほど自己顕示も売名行為もする気は更々無い。
A県廻向市は海に面した小さな地方都市である。その海沿いの一軒家に住む彼女の名は相良鳳乃華。芸術家(主に絵画、彫刻分野)として活動をしている26歳の女性である。
そんな彼女の元に地元の高校1年の女子生徒、有栖川朱禰が訪れた。
彼女は美術部と新聞部を兼任しているようで、鳳乃華のファンということもあり、是非取材させて欲しいと懇願したことがきっかけである。
鳳乃華自身は他人と軽々しく交わる性分では無いのだが、相手は学生で且つ無碍に断ってしまえばこのご時世、SNS上にあらぬことを書き込まる恐れもある為、不本意ながら承諾したことで現在に至っている。
「成程。シンプルですね」
朱禰は嬉々とした様子でポケットサイズのメモ帳にボールペンを走らせる。
「それでは次に、先生の作品は”ツバサ”をモチーフにしているものがとても多いですが、それはどうしてですか?」
「どうしてですか?」と言われても困るのだが、それを馬鹿正直に言っては決まりが悪い。かと言って綺麗事を並べるのも性に合わない。鳳乃華は少し間を置いてから答える。
「自由だから、かな」
思わず格言めいたことを言ってしまった。朱禰はあんぐりと口を開けて鳳乃華をじっと見つめていた。
はっと我に返った鳳乃華は思わず紅潮した頬を隠すように両手で顔を覆い隠した。
(ああ、何てバカなことを言ってしまったのか……)
「さ、流石は廻向を代表する芸術家。素晴らしいです!」
ただ単に純粋なのか、感激した朱禰は興奮した調子で言った。
「あ、ああ、それはどうも」
鳳乃華は素っ気ない口調で礼を言った。
それからいくつか質問が続いた後、朱禰の取材は終了した。
「本日はお忙しいところ、ありがとうございました」
朱禰は深々と一礼をして、鳳乃華の一軒家を去った。
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