好きな人

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好きな人

週末金曜日。 夜10時を過ぎているというのに、 仙山線の車内は結構混んでいた。 仙台から山形行きの電車だったから、 旅行気分で ボックス席で ワンカップや ビールを飲んでいる人なんかもいる。 いつもの風景だなと 気にもならず、 読みかけの文庫本を広げた。 ふと気がつくと、 なにやら声高に話している 中年男性がいる。 仲間と仲良く 話しているのかと思いきや、 どうやら 若い女性に絡んでいるらしい。 女性は 後ろ向きになっているので 表情は見えなかったが、 隅に追いやられて 逃げられなくなって 困っているように見えた。 酔っ払いが… しょうがないな… 軽くぶつかった振りをして 注意を引いているうちに 逃げてくれるといいんだけど… わざとらしくないように ゆるゆると近づいた。 すれ違いざま、 小脇に抱えた鞄で少し当たって、 「あ、すみません」 と声をかける。 こちらの思惑通りに、 その男性は こちらを振り向いてくれた。 「なんだい、兄ちゃん、 気をつけろや。」 その隙に、 女性が逃げようとすると、 「お嬢さん、 話ししているのに 行かなくてもいいだろ。」と なおも追いすがろうとする。 お姉さん!! 「あの… 嫌がっているじゃないですか。 やめてください。」 「なんだと? 知り合いと話しているのに、 何邪魔すんだよ。」 「知ってる人?」 お姉さんがふるふると首をふる。 「僕、この人の友人なんですけど、 あなたのことは知らないって。 行きましょう。」 ちょうど電車は駅に止まっていて、 発車寸前だった。 ドアを開けて降り、 追いかけてくるやつの鼻先で ドアを閉じてやった。 「まったく… 困ったおじさんだなぁ…」 「ゆーくん、ありがとう。 助かった。 あのおじさん、 話しながら だんだん迫って来るんだもん…。 あ…手、離してもらっていい? 手首、ちょっと痛いかも…」 いつの間にか お姉さんの細い手首を しっかり握っていた。 「ごめんなさい。 赤くなっちゃったね。」 「ううん。大丈夫…。 ゆー君、久しぶりだね。 大きくなっちゃって…」 「お姉さんは、 しばらく見ないうちに ちっちゃくなったね。」 「なによ。 小さくはならないでしょ。 そりゃ、 年はとったけどまだ27です。 おばあさんじゃないんだから。 そっちが 大きくなりすぎなんじゃない。 私よりずっと小さかったくせに…」 むくれるお姉さんが、 まるで年下の女の子のようで かわいかった。 「電車、行っちゃいましたね。 次のが来るまで、 たぶん40分ぐらいありますよね…」 「仕方ないから、待つわ… あ…やだ…、今の、 山形行きの最終だったんだ。 歩いたら結構距離あるし… バス、あるかなぁ…」 「車で送りますよ。行きましょ。」 「いいわよ、悪いわ。 バスなかったら、 タクシーで帰るから。 駅前に止まっているでしょ。 タクシー。」 「いいから、遠慮しないで。 僕が電車から降ろしちゃったんだし。 責任もってお送りします。 また、 さっきのおじさんみたいのに 絡まれたら困るでしょ。」 今度は手首じゃなくて、 手を取って歩いた。 市営住宅は目の前だったけど、 手を繋ぐのは久しぶりで、 嬉しかった。 「二つ先の駅の側だったですよね。 近くまで行ったら、 道案内してください。 狭くてごめんね。 相変わらず軽しかないもんで。」 「ううん。私は小さいから平気。 ゆー君の足のほうが苦しそうよ。 もう少し大きい車買えばいいのに。 デートのとき困るでしょ。 彼女に文句言われないの?」 「デートするような彼女いないから、 間に合ってるの。」 「そうなんだ。意外。 ゆー君、 もてるのかと思ったのに。」 「お蔭様で、もてますよ。 結構告白されたりとかするし、 付き合った人もいるし…」 「それなのに、彼女いないの?」 「そう…。 だって、 好きでもない人から告白されても 嬉しくないし、 付き合っても楽しくないって 分かってしまったから… 僕って、 恋愛に向いてないのかもしれないな…」 「そんな…若いくせに。 まだ、24でしょ。悟るには早すぎるわよ。 あ…ごめん、 そこ左に曲がって。 突き当たりで止めてくれる? 家の近くまで行くと、 車を止める場所がないから。 ありがとう。本当に助かった。」 「どういたしまして。 遅くなるときは 気をつけてくださいね。 それと、 彼氏にちゃんと 言い訳して置いてくださいね。」 「どうして?」 「だって、 彼女が他の男の車に乗ったら 普通怒るでしょ。疑うでしょ。」 「ああ、そういうものなのね。 心配しないで。 そういう彼氏殿、いないから。 お父さんも、 こういう時間に送ってもらっても、 ゆー君なら怒らないし。」 「そうなんだ…。 彼氏いないんだ…。 お姉さん、 もっともてるかと思ったのに。」 「お蔭様で、そこそこもてるわよ。 告白されたこともあるし。 付き合った人もいる。 でも、 好きでない人に告白されても 嬉しくなかったのよ。 付き合っても、 結局好きになれなかった。誰も。 みんな、違うって気がした。 私の好きな人は、 別の人なんだって、 分かっちゃったのよ。 そういうこと… じゃあ、ね、お休み…」 車から降りて お姉さんが行ってしまう… 行かせてはいけない気がした。 「待って…待ってください。 僕と、付き合いませんか。 僕じゃ…、だめですか。」
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