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15年目の告白
お姉さんは、
立ち止まったけれど…
振り返らない。
泣いている…?
しばらく…
いや数秒だったのか…
やがてお姉さんは振り向いて、
微笑みながら言った。
「だめよ、
ゆー君そんなこと言ったら。
同情だってわかってても、
勘違いしちゃうでしょ。
…自分で、
好きでもない人と付き合っても…
って言ったばかりじゃない。
大丈夫。
この歳で彼氏がいなくたって、
別に淋しくないから。
ちゃんと、
ここに好きな人がいるから。」
と自分の胸に手のひらを当てた…
「慰めてくれなくてもいいのよ。
相変わらず、優しいのね。
でも、そういうの罪作りかもよ…
じゃあね…」
片手を上げ、
笑顔のまま行こうとする。
「違う。違うんだ。
同情なんかじゃない。
あなたのことが…
ずっと好きだったんです。」
「嘘…嘘よ…」
そう言いながら振り向いたお姉さんの笑顔は、もう消えていた。
瞳が潤んでいた。
「遊びに来るって行ったのに、
来なかったじゃない。
待っていたわけじゃないけど…、
私も新しい学校生活に慣れるのに忙しかったから、
ゆー君もきっとそうなんだな、
きっと新しいお友達ができたんだって
そう思った。
ちょっと淋しかったけど…。
その後だって、
道で会っても
挨拶もしてくれなくて…、
いっつも怒ったような顔をして、
話しかけようとすると
逃げるようにいなくなって…
かわいい女の子を
連れて歩いているのも
何度か見かけたわ。
とてもお似合いだった。
ゆー君は、
見るたびに背が高くなって、
逞しくなって
素敵になって…
それで
わかっちゃったの。
私は…、
ただの仲のいい、
遊んでくれるお姉さんでしかなかったんだなって、
大人になったゆー君には
もういらないんだって。
ゆー君と一番親しいのは自分で、
ゆー君の隣は自分の場所だって勝手に
思い込んでいたのよ。ずっと。
バカみたいに。
いつもいつも
あなたのことばかり
考えていたわけじゃないのよ。
男子の目を気にしなくていい
女子校って楽しかったし、
部活動のコーラスも頑張った。
勉強も結構大変だったし。
でも、時々ふっと思い出すの…。
ゆー君どうしてるかなって。
そういう時、
なんでなのかいつも
あの怒ったような顔が浮かんで…
中学生になってから、
お菓子を作るのが好きになってね、
休みの日に
部活の練習がないと
クッキーやケーキを焼いたりしていた。
バレンタインのチョコを
友達と作ったのがきっかけでね。
その時、
「あげたい人いないの?」って
聞かれた。
「せっかく上手にできたのに、
家族で食べるだけなんて
もったいないって。」
友達が言うの。
「好きな人いないから仕方ないわ。」って答えた時、
嘘ついているつもりないのに、
なんでだか胸が
ちくっと痛かった。
初めてデコレーションケーキを作った時、
お父さんに、
父に「誰かの誕生日か?」
って聞かれて、
ああ…
ゆーくんの誕生日だったって思った。
お祝いに持って行きたかったけれど、
ずっと会ってないし、
話してないのに変な気がして、
結局素朴な焼きっぱなしの
にんじんケーキを作って
持っていった。
でも、家には誰もいなくて、
ドアノブに掛けて置いて来た。
かえってほっとしたけれど。
会いたいけれど、
会いたくなかった…。
…ごめんね。詰まんない話して…
たぶん…
きっと…
そのうち優しい彼女が見つかるわよ。
ね。
私に気を使わなくていいから。」
頑張って笑っているみたいだった。
「…行ったんだ。何回も。
春休みの間くらい
来るかなって思ったのに、
児童館にぜんぜん来ないから…
でも、そのたびにあなたは留守で。
おじさんが、
中学の準備で色々忙しいみたいだって。
入学前に
宿題もいっぱい出されたみたいで、
大変そうにしているって。
それで、
訪ねて行っちゃいけない気がして、
それから行かなくなった。
4年生になって友達も増えたし、
スイミングスクールに行き始めたのもあって、
児童館からも足が遠のいた。
あなたのことも
だんだん思い出さなくなった。
久しぶりに道で会ったのは
クリスマスイブの日でしたよね。
長くなった髪をお下げにして、
セーラー服を着ているあなたは
すごく大人に見えた。
あなたは
以前と同じように
笑って手を振ってくれたけれど…、
僕も前のように
駆け寄って話したかったのに…
できなかった。
ランドセルを背負った自分が
とても惨めで情けなくて、
あなたの前にいたくなかった。
その次に会ったときは、
同級生みたいな男子と
一緒でしたよね。
あなたは
その時も笑って挨拶してくれたけれど、
その男子が僕のことを
「あいつ誰?チビの癖に…」って
いって、
あなたの名前を呼び捨てにしていた。
すごく腹が立って、
わけもなく。
だから、挨拶も返さないで…
その後も、
あなたを見かけるたびに、
普段は忘れているのに
ふっと思い出すたびに
心がざわついて、
いらいらして…
なんでそうなのか分からなくて、
あなたと会いたくなくなっていった。
しばらくたって、
ある日母と話していて、
あなたのお母さんと久しぶりに会ったという話になって。
「引っ越したんですって。
二つ先の駅の側にお家を建てて。
お嬢さんに早くお婿さんを迎えたいから、
見合いをさせたって言ってたわ。
ほら、
小学生のとき仲が良かった
お姉さんよ。
覚えてる?
うちにも何度か遊びに来たわよね。」って。
その時、やっと気づいたんです。
好きだったんだって。
あなたはどんどん大人になって
綺麗になっていくのに、
頑張っても追いつけなくて、
その差が広がるばかりな気がして、
それで自分にいらついていたんだ。
大学を選ぶとき、
東京の大学にしようかと思ったんです。
なんとなく仙台にいたくなくて。
結局踏ん切りがつかなくて、
地元に残ったけれど。
母の話を聞いて、
今度こそ反対されても、
東京に行こうと思った。
あなたが結婚した姿なんて
見たくなかったから。
いっそ、
海外赴任でもできればと思って、
そのためには東京本社の採用にならなきゃならないから、
それからは必死で勉強した。
母子家庭だし、
そういうの、
不利になることもあるって
聞いていたから、
資格とって、
成績を上げるしかないって思った。
それなのに、やっぱり力及ばず。
地元採用にはなったけれど…
情けないったら、ない。」
自嘲気味に笑うしかなかった。
「本当なら…
そんなに好きだったんなら…
攫い(さらい)に来ればよかったのに。
誰が隣にいたって構わずに、
自分のものになれって
言えばよかったじゃない。
ばかよ…。」
「いつまでたっても子どもで、
あなたとの歳の差が
越えられない壁のように思えて、
言えなかった。
近づくのさえ怖くて、
諦めようと思った。
弱虫なんです。
もう、忘れたと思っていたのに…
あなたのことは。
なのに、会ってしまったら…
やっぱり、
あなたが他の男のものになるのは
嫌なんだ。
こんなんだけど、
それでも僕の隣には、
あなたがいて欲しい。」
抱きしめたお姉さんの肩はか細くて、
壊れそうで怖いほどだった。
「遅いよ…
こんなに待たせて…
それに…
いつまで私はあなたのお姉さんなの?
口説くんなら、
名前を呼んでくれなきゃ…
ゆー君。」
「僕も、
いつまであなたの弟なんですか?」
「どう呼んだらいいのかしら?」
「あなたは特別な人だから、
ゆちょんって呼ぶのを
許してあげます。」
「嬉しい…」
初めてお互いの名前を呼びあった。
そして、
初めて触れる彼女の唇は
柔らかくて、
温かくて、
ほのかに甘い香りがした。
初恋 おわり
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