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コウタはご飯を食べ終わると、すぐにお風呂に入ったかと思えば、ちゃんと洗ったのか疑問に思うほどすぐに出てきた。シャカシャカと歯を磨いたかと思えば、ドカドカと部屋に潜り込んだ。
待ちなさいよ、まだあなたは私に謝っていないじゃないのよ。
謝りなさいよ!
再びマグマが熱をもつ。
ドン、と一歩踏み出そうとしたその時、ガチャリ、と玄関ドアが開く音がした。
お父さんだ。お父さんが帰ってきた!
味方が欲しい。味方になって。私の背について!
一刻も早くお父さんに会いたくて、だから玄関まで走った。
「あなた!」
「あー」
なによ、うちの人たちったら。「んー」やら「あー」しか言えないの? 人間? それとも、違う生物? 宇宙人なの?
脳内で、ボッと火がつく音がした。
ひとりで戦うしかないと思った。
私に味方は、いないと思った。
眼前の生命体は、味方になり得ない。
「あなた。最近、おやつ代が厳しいの。だからあなたのお小遣い、少し減らすわね」
「えー」
「仕方ないじゃない。みんな手ぶらでくるんだから」
「んー。何か持ってきてねって言えばいいだけじゃないの?」
喋った。地球語を喋った。日本語を喋った。
「言ったわよ。それでも手ぶらなんだから」
「まぁ、まだ小学生なんだし、仕方ないかもね。言ってダメなら諦めるしかないね。っていうか、お母さんは子どもたちが手ぶらで来ることが不満なの? 何か他に――」
羨ましい。この人は自分が部外者であると確信して発言しているのだ。
羨ましい。私が働くわ。あなたが昼間、戦場で給餌をすればいい。
晩御飯は勝手に温めて食べてね、と吐き捨てお風呂に入った。荒んだ心を湯が流してくれるかと思えば、そうでもない。身体を芯まで温めてしまえば、脳が再び熱を持った。
なんで、私はこんなに苦しまなければならないの?
湯船という鍋の中で、グチグチ愚痴を吐く。
心のどこか、わずかに冷静な場所が、私を揺する。
落ち着いて、目を覚ましてと、私を揺する。
お風呂から出ると、いつもより乱雑にスキンケアをした。化粧水をコットンにとってパッティングなど、できるほどの心の余裕はない。パックもしかり。
クリームを手のひらで温めてから塗るのが常であるのに、今回は冷たいまま塗りつけた。伸びが悪いからとぐいぐい塗る。ムラがあっても気にしない。
冷たい。そう思う瞬間は確かにあった。けれど、グツグツとたぎるマグマに触れれば瞬時にぬるくなる程度の貧弱な冷温だった。
ドライヤーをざっとかけ、シャカシャカと歯を磨き、ドカドカと部屋に入った。
ひとりになりたい。
ひとり旅に出たい。
ふと、そんな願いが溢れ出した。
誰も分かってくれないし、誰も労ってくれないのなら、誰かの存在を感じない場所に身を置きたい。
けれど、ひとりになんて、なれやしない。
家族という、繋がりを断ち切らない限り私は、私のことだけを考えることはないのだ。
しかし、どうしたらこの怒りをリセットできるか。
私は誰かのそばで、この屋根の下で、この感情を消化できるのか。
ひとりになりたい。
そうすれば、きっと、何かに気づくことができるように思うのに。
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