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静かな夜の中、庭を照らすのは一般家庭には眩しすぎる照明。手に馴染んだボールで軽くドリブルをする。地面に引かれたフリースローラインに立ち、リングを真っ直ぐ見据える。小さく深呼吸をした後、ボールを構える。ボールを持った右手から、大きな放物線を描くようにボールを放り投げる。音を立てることなく、ボールはリングに吸い込まれるように入っていった。身体に染み付いた一連の動作が今日も確かなものであることを確認する。ボールがリングの下でバウンドしていたが、拾う気にならなかった。もう今日のノルマは達成したし、いいのか。
だが、ボールを放置していると父に叱られる。仕方なく、拾ってカゴの中に仕舞った。庭から兄の部屋の窓が見える。カーテンは締め切られていて電気も付いていない。まだ時刻は夜の七時。寝るには早すぎるが、いつものことだった。
「結城、もうご飯できたけど終わった?」
リビングから顔を出した母が問いかけてくる。
「あぁ、ちょうど終わったよ。すぐ行く」
「そう。あとで、お兄ちゃんの部屋にもご飯持っていってあげて」
頷くと、母は家の中に戻っていった。しばらく動く気力がなかったため、なにも考えない時間が欲しかったが、そうはいかなかった。家の中に戻り、汗だけ拭き取った。トレーに乗った兄の食事を部屋まで運んでいく。いつものようにノックをする。
「兄ちゃん。ご飯置いてくよ」
返事はない。そのまま踵を返して階下に降りる。どうしてこうなったのだろうな、なんて考えても意味はない。きっともう二度と兄は僕と口を聞いてくれないし、あの庭で一緒にバスケをしてくれることもないのだろう。
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