この人生は無題でいい

2/8

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 まだ肌寒いなか、桜の木はしっかりと花を咲かせ春の訪れを感じていた。入学式と始業式も終わり、今日から部活の朝練が始まる。春休みの間もほとんど毎日部活はあったせいか、久々な感覚はしない。むしろ、意識は今日から行われる部活勧誘のほうにいっていた。部長として、毎日一番に登校して体育館の鍵を開けているのだが、職員室に行くと既に鍵は貸し出しの札が掛けられていた。まだ朝練が始まる一時間前だというのに誰が借りたのだろう。バレー部の人かもしれないと考えながら体育館に向かうと、聞き慣れた音が開け放たれた入り口から聞こえてきた。今まで僕より早くに登校してまで練習する部員はいなかった。驚きのあまり、土足で体育館に踏み入れそうになった。すぐに靴を脱ぎ捨てて中に入ると見慣れない顔の男がスリーポイントラインに立って、シュートの練習をしていた。 「誰だ、お前!」  思わず叫んでしまった。男は特に驚いた素振りを見せることなく、シュートを決めてから振り返った。体育館中にボールが跳ねる音が響く。 「もしかして、部長っすか」  こいつ、まともに敬語も使えないのか。 「そうだけど。まだ一年は入部してないだろ。なに勝手に使ってんだよ」  いかにもめんどくさそうに大きな溜め息をついて、そいつは首の後ろを掻いた。 「いずれ入部するんだからこれぐらいいいでしょ。むしろ、部長のほうが来るの遅すぎなんじゃないすか。強豪校に入学したつもりでしたけど、こんなんじゃ程度が知れてますね」 「出てけよ。そんなこと言うやつ絶対に部員として認めねぇから。二度とここに顔出すな」  気づいた瞬間にはそいつの胸ぐらを掴んでいた。近づいて初めてそいつが俺よりも背が高いことに気づく。百八十センチはあるだろうか。だが、引くに引けなかった。冷たい目で見下ろしてくるのが、さらに頭に血を上らせた。しばらく無言で睨み合ったあと、そいつは一歩後ろに下がった。そこでようやく、僕も手を放した。 「部長に歓迎されないのなら、俺も入部する気はないっすね。じゃあ、これっきりってことで」  ボールを片そうとするその背中に、出てけと命令した。すると、何も言わずそいつは荷物をまとめて僕の横を通り過ぎていった。  なぜ、ここまであいつに腹が立ったのかもわからなかった。  一人になった体育館で、散らばったボールを集めていた。冷静になった頭の中であいつの事を考えていると、どこかで見たことのある顔だと気づいた。だが、どこで見たのか記憶がはっきりしない。いつものようにスリーポイントラインに立って、シュート練習をしたがいつものように入らなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加