この人生は無題でいい

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 放課後になり、部活が始まる頃には緊張しきった一年生たちが入部希望の紙を持って体育館に並んでいた。だが、その中に東条圭介はいなかったらしく部員の何人かが探しに出ていた。放っておけばいいのにとは言えず、黙認して一年生に練習メニューを教えていた。そして、そんな空気を壊すように涼太の声が響く。 「結城! 圭介いたぞ!」  逃すまいと三人がかりで噂の人物を連れてきていた。よっぽど嫌だったのか、連れてこられたその子の顔は憔悴しきっていた。だが、すぐに気づく。今日、二度目の顔だ。 「なんでお前が……」 「えっ、結城知り合い?」  咄嗟に否定する。頼むから余計なこと言わないでくれ。 「俺、部長に嫌われてるんっすよ。部員として認めないって言われましたし」  全員の視線が集中する。その疑いの目がどうしようもなく痛かった。ここでは、誰にでも愛想よくして、アメとムチを使い分けて、誰からも好かれるように行動しているのにやめてくれ。涼太が口を開きかけたところに覆いかぶさるように大声をあげた。 「いやぁ! 嬉しいよ、君が東条圭介か! ここの部員に入ってくれるとすごく頼もしいんだけどどうかな」  お願いだ。これ以上余計なことを言わないでくれ。このまま、今日の朝の出来事を水に流して、入部するって一言言えば良いんだ。 「すんません。よく見たら人違いっすね。ぜひ、入部させてください」  安心して一息ついた。東条が入部することにみんな浮かれて歓声が沸き上がる。なんでそんなに喜べるんだよ。俺らより年下なんだぞ。先輩としてのプライドないのか。そう叫びたくなる気持ちをぐっと堪えた。今この場で本音を出してはいけない。なんとか作り笑いを浮かべて、いつものようにみんなを練習に引き戻した。
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