12人が本棚に入れています
本棚に追加
それを見た母親が、フォローのつもりなのだろう。
ヤマトと彼女を交互に見て言った。
「忘れたの? お隣さん家のサクラちゃんよ。幼稚園のときからの仲良しじゃない」
そのサクラも当然のように顔に覚えがない。
彼を見つめる彼女に表情はなかったが、その眉間のしわが深くなる。それでも、ヤマトの方も少しでも覚えているふりをするわけにもいかず、彼は困惑した。
彼女は無言を貫いているものの、彼のことの心配以上に何かしらの感情を持っているのは確かだった。
が、幼なじみ以外のセンシティブな関係性を知らずにあてずっぽうに言葉を口にするのは、さすがに憚られた。
ヤマトは、彼女から目を外し、再び両親だという二人の方を向いた。
それでも、記憶がないことを詫びる以上のことは何も言えなかった。
皆が黙りこくってしまうと、やがて父親が尻ポケットから、おもむろに長財布を取り出し、数枚の紙幣をヤマトの手に握らせた。
「少しお金を置いてくよ。病院内にコンビニとカフェがあるようだし、好きに使っていいよ」
赤の他人にしか思えない年輩者から金を渡されて、彼はさすがに恐縮する。
「あ、ありがとうございます」
「また来るけど、電話番号を教えておくから、思い出した事や何か困ったことが起きたら、いつでも連絡をくれるといい」
両親との連絡先のやり取りをして、そのまま3人との対面を終えた。
この後、ヤマトはその日の検査スケジュールをこなし、夕方には病室に戻ったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!