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三月の今朝、白い雨が降った。
数日ぶりに外に出た僕は公園で、持ってきた傘もささずにその雨に打たれながらベンチに座り込み、ただじっと空を見つめてた。
青と白が交じり合う、広く美しいキャンバスのような空から降る白い雨は、まるで遠くに消えた君を弔うように、温かさをはらんで頬にぶつかる。
君は昨日、突然いなくなった。
居眠り運転をしてしまったトラックによって、短き生を終えたのだ。
白昼夢を見ていたかのような幸せな日々が、突然に終わりを告げ、その上人伝に知った悲報を、僕は受け止められずに走った。君の最後すら、まともにみとることができなかった。
昨日のことなのに、もう遠い過去のようだと、乾いた笑いが漏れる。
音もなく前髪や服が濡れていく中、ぼんやりと時をさかのぼっていく。
初めて出会ったあの秋の日。
落し物があって声を掛けたら、振り返って目が合った君の澄んだ茶色い瞳が輝いていた。短くもさらさらと揺れた黒髪が、羽の濡れたカラスのようで美しく、君の手をすり抜けて僕のもとに飛んできたハンカチからは、やさしい金木犀が香った。
秋と恋の始まりは、まぎれもない十月の日。
付き合うまでに時間はかからなかったけど、付き合えなくてもいいかと思えるくらい、君との日々が甘く輝いていたように思う。
出かけた先は少なくない。時間が合えば、とにかく理由をつけていろんなところに車を走らせ、足を運んだ。
街灯も遮るものも何もない、星とふもとの夜景が輝く山頂。黄金の砂と塩っ辛い風の吹く海辺。青空を映す鏡のようなビルが並んだ、都会のど真ん中。人という人が入り混じるも、皆笑顔に輝く大きな夢の国。たまには近くと酒を買い込んで入ったホテル。
……その時は失敗して、次の日は二人で頭痛に苛まれていたな。それもあとから思えばいい思い出だったと、ドライブの途中で笑いあった。
ある時は、僕が体調を崩して、もうずっと会えなくて、仕事で気を紛らわせることもできず、ただ擦り切れる日々が続いた。
君は何も言わずに心配をしてくれたけど、たぶんどこかで我慢をしていたのではないか、と思う。……やっぱり、自意識が過剰すぎたかもしれない。案外、大丈夫だったのかも。
それでも、やっと体調が戻って再開した時に、何も言わずぎゅっと抱きしめてくれたこと。ゆっくりと確かめるように小声で、「おかえり」と言ってくれたことは、いつまでも忘れられない。
君と一緒に過ごした二年は、雨であふれかえった川のようにあふれて止まらない。ベンチに座って雨に打たれても、それは変わらなかった。
あの時こうしていたら、あの時こうしなければ。君にもっと好きを伝えていたら――。
ふと雨がやんで、雲が揺れ動き、ほそぼそと光を下す太陽が顔を出した。ほんのりと温かい光が、濡れた体にしみこんでいく。
……結局、何度思い返しても、帰ってこない過去の日々。そっと太陽に手を伸ばして、光を遮った。
心にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。と、何かの曲で歌っていた。今、本当にその通りだ、と心の底から叫びたくなる。
だけど体からあふれたのは、言葉の代わりにいくつものしずく。落ちた卵は戻らない。過ぎた時間は過去に過ぎず、失われたものは、帰ってこない。
ああ、どうして。
僕はこれから、どう生きればいい。
……君に会いたい――。
頭上では、何も言わず静かに輝く弱い太陽の光と、青や白の入り混じる美しいだけの空が、時折木々の木の葉のように、風に吹かれて流れていた。
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