最後の願い

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 目の前が真っ暗だ。目を瞑っているのか、閉じているのか、瞬きをしている感覚はあるのに、既にそれすら判断できなくなった。  最後に見た景色は、俺のことを憎んでいたはずの人物が、泣きながら俺の体に刃を突き立てた瞬間。  何故、彼は泣いていたのだろう。  何故、俺はあれほどまでに憎まれていたのだろう。  耳に残る彼の叫び声は、悲痛な叫びか、それとも歓喜の雄叫びか。  記憶の糸を手繰り寄せようとしても、俺の意識は既に事切れる直前で。真っ暗なはずのスクリーンに映し出される景色は過去の記憶の映像。  細切れになった記憶の断片が過去の過ちを責め立てる。  きっと彼は、この中の誰かの身代わりだ。  憎まれても、恨まれても仕方ない。そう思わなければこの一瞬(いま)を受け入れられない。  俺があちらに逝くことで、彼が喜んでくれるなら、すぐにでもこの意識を手放そう。  記憶の断片は徐々に霞んで、その灯火は間もなく消えゆく。  光も音もない世界で、ただ一つの個体としてその間を揺蕩(たゆた)う。  指先から崩れていく感触は、もう感じられないはずなのに、不快感が襲いくるのは微かな意識が創り出す幻。  俺は彼の記憶に残ることができるだろうか。あわよくば、頭の片隅に俺の居場所を作って欲しい。  たった一人の友だちへ託す、最後の願い。  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!