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1.一つ目の記憶の欠片
はっと目が覚めた。目の前には真っ青な空に入道雲が浮かび、それを遮るかのように大きなひまわりの花が天を仰いでいる。土の感触を背中に感じて私は寝転がっていたのだと気づく。
「桜。桜、大丈夫かー」
自分を呼ぶ声がして顔を横に向けて、目を瞬かせた。目の前には小さなぬいぐるみのような龍がふよふよと浮いている。翡翠色の綺麗な鱗に金の角を生やした東洋竜はデフォルメチックで可愛らしい。そんな龍が私の顔を覗き込むようにして声をかけていた。
これはなんだと状況を理解できないでいた。ファンタジーの生き物が目の前にいるのだから動揺するのは無理もない。黙って小さな龍を見つめていると、「桜?」と首を傾げられる。
桜。そうだ、私の名前は桜だと思い出した。ゆっくりと身体を起こせば、小さな龍は私の頭上をぐるりと一周して「意識が戻ったんだな!」と嬉しそうに声を上げる。
「あの、アナタは誰?」
「覚えてないのか、桜!」
小さな龍は驚きいたように飛び上がって、「ぼくだよ、ミカヅキだよ」と名乗る。けれど、何も覚えていない、それどころか自分のことすら記憶に無かった。
自分が何者なのかが分からない。どうやってここまで来たのかも、どうしているのかも。自分の住んでいた場所も、両親のことも、何もかも。学校に通っていたのかすらも分からない。
それに気づいて怖くなった。何も覚えていない、何者かも分からなくて、頭を抱える。
「どうしたの、桜?」
「なにも、なにも覚えてないの……」
怖い、怖い。どうしようもない恐怖から逃れたい。そうだ、この自分のことを知っているような口ぶりの小さな龍・ミカヅキに聞けばいいんだ。あのと口を開くと、ミカヅキは理解したようで「記憶の欠片が散ってしまったんだね」と言った。
「記憶の欠片?」
「そう、記憶の欠片。桜の記憶だよ。それがこの妖かしの国に散らばってしまったんだ」
「妖かしの国?」
「妖かしだけが住まう別の世界の事だよ」
ミカヅキは簡潔にこの世界の事を教えてくれた。ここは妖かしと呼ばれる存在だけが住まう不思議な世界で、人間が立ち入ることは滅多にないことを。人の世界からこちらに迷い込んでくる人間というのは少なくはないらしい。
どうして私が此処に迷い込んできたのかまではミカヅキも分からないらしく、ただ「桜は一度、此処に来たことがあったんだよ」と彼は教えてくれた。
「私の記憶の欠片はもう戻らないの?」
「そんなことはないよ。この妖かしの国は広いようで狭いから、探せばきっとあるはずさ」
「どうやって?」
「そうだなぁ……あぁ、そうだ! 水神龍様のところに行こう!」
「水神龍?」
「妖神様だよ」
水神龍、それはこの妖かしの国に住まう神の一柱で全ての水を司る存在。ミカヅキは「桜が一番、信頼していた妖かし様だ」と言う。私の信頼していた存在とは誰だろう、記憶が無いから分からなかった。
けれど、ただただ広がるひまわり畑にいつまでいても何も進まないことは理解できる。私はミカヅキの勧めるがままにその水神龍様の元へと向かうことにした。
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