1.一つ目の記憶の欠片

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 ひらり、ひらりと桜の花びらが舞う。ひとつ、またひとつと水面に落ちて色づけていく。  静かに吹く風に髪を攫われながら私は水神龍を見上げた。彼はその悲しげな瞳を向けながら、「思い出さなくてもいいこともある」と話す。  それは心に傷を負った辛い記憶かもしれない、胸を締め付けるような悲しい記憶かもしれない。ならば、思い出してまた苦しむことはないだろうと。  そうかもしれない。辛いことが、悲しいことがあったから記憶を失ったのかもしれない。それならば思い出さなくてもいいかもしれない。思けれど、知らないままは嫌だと私の心が言っている。  どうして自分がこの世界にいるのか、家族はどうしているのか、気にならないわけではない。もし、家族がいるのならば心配しているかもしれないから。だから、私は「思い出したい」と答えた。 「私は私が知りたい。記憶が無いままなのは、嫌なの」 「……そうか」  水神龍は覚悟を決めたように息を一つついてから、「まずは記憶の足跡を辿るんだ」と言った。  記憶の欠片にはそれを結びつける足跡が存在する。それを辿っていけば記憶の欠片にたどり着けることができるらしい。けれど、記憶の欠片は何処かに隠れているかもしれないし、取り戻さなければならないかもしれない。難問が待ち構えているだろうと水神龍は警告する。 「お前自身が傷つくかもしれない。それでも、探すか?」 「うん、探す」 「……ならば、俺も手伝おう」  水神龍は「お前とミカヅキだけでは不安だ」と小さく笑って、私の記憶の欠片探しに同行すると提案してくれた。それは嬉しかった、だって自分は何も知らないから。  ミカヅキが頼りないというわけではないけれど、神様が傍にいていくれるなら安心がなって。だから、安堵して「ありがとう」とお礼を言えば、水神龍は「気にしなくていい」と優しく目を細めてくれた。 「記憶の欠片の足跡ってどうやって探すの?」 「ゆっくりと目を閉じるんだ」  目を閉じる。言われるがままに瞼を閉じてみると、それから水神龍に「深く呼吸をしながら、記憶への想いを念じてみろ」と指示される。記憶への想いとはなんだろうか。私の記憶、私の思い出。少し考えてから、「戻ってきて」と願った。  すると、瞼を閉じているはずなのに視界にガラス片のように煌めく光の線が見えた。それは足跡のように伸びていて、森の奥へと続いている。  ゆっくりと瞼を上げて「あっち」と指さすと、水神龍は「辿ってみようか」と背を押す。隣に立つ彼を見てから私は森の奥へと足を踏み入れた。
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