1.一つ目の記憶の欠片

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 藁ぶき屋根の家が田畑を挟んで点々と建っている。青く伸びる稲が風に揺られ、長閑な村は静かに迎え入れてくれた。珍しく映る藁ぶき屋根の家を眺めながら田んぼのあぜ道を歩いていると、鬼たちが姿を現す。  赤い髪の人型の鬼から、身体が真っ赤な体格の良い御伽噺に出てくるような見た目の鬼や、青い髪の人型鬼と身体が真っ青な体格の良い鬼が私と水神龍を交互に見遣る。 「水神龍様、長にお話が?」 「あぁ、鬼丸はいるだろうか?」 「居りますよ、奥の御屋敷に」  一人の赤い髪の人型の鬼がそう言って指をさした先には、周囲の家よりも少しばかり大きくて広いこれまた藁ぶき屋根の屋敷だった。私が水神龍を見遣れば、彼は「心配することはない」と手を引く。  屋敷の玄関を水神龍は慣れたように開ければ、一人の女の鬼がやってきた。人型をした彼女は水神龍を見て、「鬼丸様、水神龍様が」と声を上げる。すると、奥から「あげろ」と大きな声で返えされた。  女の鬼に着いていくと大広間だろうか、そんな広い部屋に案内された。襖を開ければ広がる畳に伊草の香りが鼻をくすぐる。奥を見遣るとそこにどかっと座る青年が一人。  真っ赤に燃えるような長い髪を無造作に流し、ぎろりと鋭い金の眼が射抜くように見つめてくる。口の端から牙が見え、体格の良いその身体を座椅子に下し、胡坐をかいて灰色の着物が少しばかり着崩れていた。 「おぉ! 桜じゃないか! 戻ってきたのか!」 「鬼丸、桜に記憶はない」  人善さげな笑みを見せた鬼丸と呼ばれた鬼は水神龍の言葉に目を丸くさせる。それからどういうことだと説明を求めるように水神龍へと鋭い眼を向けた。  水神龍は桜の記憶の欠片が散っていることを、それを探してここに来たことを簡潔に説明すると鬼丸は納得したように頷いた。 「あぁ、この欠片は桜のモノだったのか」  鬼丸はそう言って懐から淡く光る水晶のような珠を取り出した。それが記憶の欠片というものらしく、見つけた場合は保護しておくのが規則なのだという。  私が「それを返してほしい」と鬼丸に手を差しだすが、彼は「これを渡すには条件があるんだ」と申し訳なさげに返えされた。 「記憶の欠片はタダでは返してはならない。それだけの試練を支払わなければいけないんだ」 「試練?」 「これは桜を試すためのものなんだ。その間に本当に記憶を取り戻してもよいのか考える時間でもある」  試練というのは名ばかりで、本当の意味は記憶の欠片の持ち主を試すためのものだ。記憶を返しても問題ないか、本当に取り戻してもよいのか考える時間を与えるための。  鬼丸は「水神龍から話は聞いているだろう?」と記憶の欠片が飛び散った理由を出す。思い出せば、きっと辛い現実を突きつけられるだろうと。それでもいいのかを考えるためのものでもあるのだと聞いて、私は自分はいったいどんな記憶(げんじつ)を散らせてしまったのだろうか。  何度も確認されるとちょっとだけ怖くなる。そんな私の不安を察してか、鬼丸は「思い出さなくてもいいだぜ?」と優しく言った。 「お前はずっと此処で暮らしてばいいんだ。何も辛いことを思い出す必要はない」 「……でも、何も無いのは怖いの」  何も無い、自分には何もないのだ。鬼丸や水神龍、ミカヅキは自分のことを知っているのに何も思い出せないことが嫌だった。あるはずの記憶がないというのは怖い。何度、そう何度も確認されてもこれは変わらなかった。  そんな様子に鬼丸ははぁと溜息を一つ零して、分かったと頷いた。
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