1.一つ目の記憶の欠片

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 村の先、ぽっかりと穴が空いたように山へと繋がる道が伸びていた。木々が茂っていて、少しばかり暗い様子に恐る恐る覗き込む。しっとりと湿った空気を感じて、獣の声がしなくただ静かだ。  水神龍のほうを見遣ると彼は心配そうに瞳を揺らしていた。ミカヅキも「大丈夫か?」と声をかけてくる。あ、不安に感じさせちゃってる。これは駄目だ、心配をかけてはいけない。私は「大丈夫だよ」と笑んでみせた。  記憶を取り戻したいと願ったのは自分なのだから、これぐらいのことをやってのけなければ。そう口にすれば、水神龍は「無理はしないように」と注意する。 「もし、無理だと思ったのならば戻りなさい。誰もお前を責めることはしない」 「うん、わかった」  私はそっと水神龍の手から離れると山へと足を踏み入れた。途端に重い空気が身体を纏って、振り返りそうになるのを堪える。ここで振り返っては二人に心配をかけてしまう。  襲い来る不安をぎゅっと堪えてお供えする白百合を抱きながら前を進んだ。  ***  一歩、一歩、歩けば歩くほどに身体に纏わりつく重い空気がじめっと湿気を帯びていく。代り映えのしない景色はあまり見ないようにしながら歩く。  小鳥の囀りすらしない山の中は静かだ。まるで生き物などこの山にはいないような錯覚まで感じてしまう。ひたり、ひたりと恐怖がやってくる。自分だけしかいないのではないかという闇が心を満たしていく。  立ち止まりそうになるのを堪える。恐怖を振り払うように首を振ってから真っ直ぐ前を見つめる、大丈夫だと自分に言い聞かせながら。  ふっと背後に気配を感じた。びくりと肩を震わせて振り返ってみるけれどそこには誰もいない。もう随分と歩いたからだろうか、入り口すらも見えなかった。  気のせいか、そう思いながらまた歩き出して、気配がついてくる。何かが後ろにいる、途端に恐怖がせり上がってきた。自分を奮い立たせていたというのにここにきて、そんな気持ちを砕くように。  なんだ、何がいるの。歩けばどんどん気配が近づいてくる。怖気づきそうな心に気づいて、私はぐっと拳を握って駆けだした。逃げ出したい気持ちを堪えながら、山を駆け上っていく。気配も追いかけてきたけれどそれでも足を止めることなく、ただ走り続ける。  ただただ、走る。胸が苦しくなっても桜は立ち止まらなかった。後ろを確認せず、必死に駆けていれば石階段が見えてくる。この先にお社があるのだろうとそれを一気に登っていった。
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