1.一つ目の記憶の欠片

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 登り切った先にはそれはそれは立派な大樹が聳え立っていた。あれがご神体というものなのか、しめ縄がされている。傍にはとても立派とは言えないこじんまりとしたお社が建っていた。  石でできた祭壇のようなものがお社の前にある。ここに花を供えろということだろうか。その前に息を整えよう、きつい。はぁはぁと呼吸を整えながら近寄ってみる。何の変哲もない石の祭壇だった。きょろきょろ見渡してみるけれど、特に何も無いみたい。  じゃあ、ここにお供えしてみよう。百合の花を石の祭壇に供えてそっと目を閉じて手を合わせる。何を願うでもなく、供えましたと伝えるように。 「あぁ、久しい顔だ」  耳元で何か喋った! はっと瞼を上げる。何、誰かいるの。わたわたと周囲を見渡すけれど誰もいない。あれ、本当に誰もいない。今のはと首を傾げていると「桜じゃないか」と声がする。  お社のほうを見遣ればぼんやりと何かが光っていた。目を凝らすもそれがなんなのか捉えることはできない。 「アナタは……」 「村の連中には鬼神様と呼ばれているね。お前はどうして此処に来た」 「それは……」  私は自身の記憶の欠片が散ってしまったこと、その欠片を集めていること、試練として此処までやってきたことを話した。鬼神と名乗った存在は「あぁ」と納得したように呟く。 「そうか、記憶を……」 「アナタも私を知っているの?」 「知っている。けれど、それを口にはできない。記憶を失ったものには教えてはいけないんだ」  記憶の欠片が散ったものに在りし日の出来事を話してはならない。記憶が知りたければ、欠片を集めよ。それがこの世界の規則なのだと鬼神は言う。  だから、水神龍もミカヅキも話してはくれなかったのだ。なるほどなと私が「私は試練を終えたの?」と問うと、「それはどうだろうか」と返された。 「お前は鬼丸に言われただろう。わたしのお言葉を聞いてこいと」 「うん、言われた」 「それをわたしは言っていない」  鬼神の言葉にまだ試練は続いているのだと気づく。どうしたらいいのだろう。うーんと腕を組んで呻ると、鬼神は「お前の意思を聞こう」と問いが始まった。 「お前は記憶を取り戻したいのだな」 「うん。何もないのが怖いの」 「何も知らずとも今から別のことを知ればいいだろう」  何も知らないならば今から新しく知っていけばいい。ここの住人はお前を歓迎してくれるはずだと鬼神に言われた。でも、私は首を左右に振った。  きっと、鬼神の言う通りなのだろう。水神龍やミカヅキ、鬼丸は自分のことを知っている。親しい感じだったので世話を焼いてくれるかもしれない。けれど、忘れてしまった彼らとの思い出を想うとそうはできなかった。  だから、私は「思い出したい、彼らのためにも」と答えた。何も知らないことは怖い、だから記憶を取り戻したいけれど、彼らの思い出も大切にしたいと。  私の返答に鬼神は「なるほど」と呟いて、また問う。
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