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0.約束の記憶
「お前が元の世界に帰ることを決めたのは仕方ないことだ」
朧げな人影、男だろう人物が寂しげに話す。顔が分からないというのに自分は目の前の男を信頼し、慕っている。
真っ青な空に浮かぶ入道雲、広がるひまわり畑は認識ができるのに彼だけが分からない。気持ちの良い風が吹いて、髪の毛を攫っていく。
「桜。俺はいつまでもお前を愛しく想おう」
「ごめんなさい。私は帰らなきゃいけないから」
口が勝手に動く、自分のものじゃないように。男はまた寂しげに「謝らなくていい」と返す。
「あのね、アナタのこと――」
「ありがとう、桜」
「だからね。あの約束、私するよ。もし私が――しまったら――」
「分かった。その時は――」
何を告げたのだろう。それは彼との誓いの言葉だったことだけは理解できた。彼と私だけの――
だんだんと視界が歪んでいく、行かないで、消えないでと手を伸ばしても届かなかった。
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