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ブラスバンドのやかましい音が、手拍子が、声が、オレとタクヤとの距離をずっと遠くする。
かすかに聞こえる声は、オレたちの中にも、ある言葉だ。
――あと一球。
自分の中で、何度繰り返した言葉だろうか。
気にするな。強気でいけ。勝つぞ。
三年生。後がない。ましてやこの先は、甲子園への切符がかかっている。今年はやっと他校とのバランスがよくよくわかってきた。だからできた。
「ここで決めるぞ!」
張り上げた言葉は、どこにもいかないまま、うつろに育って消えていく。オレはばしんとミットをたたきつけ、この場所に投げ込め、とジェスチャーでピッチャーのタクヤに指示を出す。
サインはどうするか。ベンチを確認する。監督はこの回に入ってからは任せる、の一点張り。つまり、責任をとるのはオレたちバッテリーだけだ。
ちら、と一塁コーチャーもみる。やはり動揺している。顔から、また? の様子がうかがえるのだ。それは相手のチームもみているはずだ。サイン自体は盗めないとは思うが、これはいけない。オレは一塁に向かって、ランナー警戒の指示を改めて出した。
内野には伝わっただろう。外野の位置も少し前進させる。破れかぶれなのはお互いさまだ。フルカウント、最終回の裏。オレたちが先攻で、一点差。ランナー二三塁。このバッターを四球で逃したとしても、タクヤとのタイミングが合っている一番打者が来る。塁を埋めて長丁場にするほうが不利だ。
つまり、この場はこの代打の男で終わらせなければならない。
オレは、ストレートのサインを出した。代打の男は同じく三年生。目を真っ赤にして、泣きはらしている。背番号十八。ローテの都合出られなかった控えピッチャー。技巧派ではない。だから、計算上、一番打たれる可能性が低い場所に、ミットを構えた。
それをみたタクヤは頷き、体に力を入れていく。
タクヤの腕が、体幹が動き出す。彼のグローブが天に向かい、足がゆったりと動き始める。ここだ、と構えたところだったが、一瞬、タクヤの軸足が、ぶれた。
「……っ!」
なんとかかかった指先から放たれたボールは、予定していたよりもボール一個分上、かつ、打ちごろのスピードである。誰がみても、打ち頃だ。
内野に下がれと、声を上げる。
ここまで上がってくるやつらで、みすみす、逃す男はいない。
サヨナラ、なんて。
かきん、と小気味良い音が爆ぜて、オレのミットは空気を掴んだ。
目の前の土埃で、視界が一瞬、揺らぐ。バットが放り投げられた。三塁はタッチアップの構え。まだ、ベースから動かない。
「センター!」
捕ってくれ。同点までは仕方がない。だが二塁クロスプレーならば可能性はある。そう思いながら、一歩踏み出しメットを投げた。自分の顔を守るそれが、どこに飛んだかもわからない。ただ、正面を、目の前のタクヤの背中をみた。
彼も、同じようにバックスクリーンを、みていた。
「落ちろ!」
オレは声を張り上げた。
それがなんの意味にもならないとは知っていた。
知っていたけれど、叫ぶしかなかった。かこん、とだれもいないコンクリートのうえに、跳ねる、白球。
その跳ねる音以外は聞こえない、世界でオレは確かに聞いたのだ。
「おちねえだろ、ふつう」
地鳴りのような歓声が響く球場内で、一瞬生まれた無音の世界。
その瞬間のタクヤは、ぞっとするほど、静かに笑っていたのだった。
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