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大家さんには「あらもう帰ってきたのかい?」と笑われてしまった。鍵を取り出し、開けようとしたその時だった。
駆け寄る足音が聞こえ、そちらを見る。
制服姿の少女だった。
「せんせ」
少女は俺の顔を見て、泣きながら俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
俺は驚いた。
「せんせぇ〜」と抱きついてくる。
「ちょっ!き、今日入学式だろ?!なにしてんの!?」俺は慌てて彼女を離そうとするが離れない。
「やだよぉ〜」
「何言ってんだよ!」
「だってぇ」
「ほら早く行かないと遅刻するぞ!」
俺の言葉を聞いて、少女はハッとしたように時計を見た。
「学校なんてどうでもいいの!」と言ってさらに強く抱きしめてくる。
「……えーと、どういうこと?」
「せんせと一緒にいたいの」
「いやいや、だから俺はもうすぐ引っ越すから無理なの。わかる?」
「嫌だ」少女は首を横に振る。「お願い」と上目遣いで見つめてきた。
「……せんせ……私を連れて行って」その言葉にドキリとする。
「……何を言ってるんだお前」
「わかってるよ。わがままなのは」
「なら」
「でも……」
彼女は潤んだ瞳をこちらに向ける。
「……やだ……離れたくないよ……」
そう言った後、少女は静かに涙を流し始めた。
「君のお父さんとお母さんに連絡」
「駄目。せんせいなくなるのあの人達のせいでしょ?」「……え?」
「知ってるもん。全部聞いたの」
「な、なんで」
「……せんせがもう私の家に来なくなってからあの人達が話してたの聞いた。
『ロリコンみたいで気持ち悪かったから、来なくなって良かった』って」
彼女はそう言って「今の私に必要なのってせんせだけなんだ。一緒に料理して欲しいし映画もみたいし一緒に暮らしたい。あの人達も学校も友達も何も要らない。必要ない」と続ける。
「だから連れて行ってよ」
俺は彼女の肩を掴み、「だめだ」と真っ直ぐに言う。
「どうして」
「君がこれから先幸せになれない」
「そんなの知らない」
「俺はそう思ってる。君はもっと広い世界を知るべきだ」
「狭い世界で良い。せんせだけがいればいい。私の世界を広げてくれたのはせんせだったでしょ?……私にはそれだけで十分」「……」
「ねぇ、せんせ」
少女は俺を見上げる。
「私はせんせのこと大好きだよ」
そして満面の笑みを浮かべた。
――
「うわぁ〜綺麗な桜だね〜」
彼女は嬉々として空を見上げた。
(結局こうなるのか)
俺は彼女を連れて宛もなく電車で移動していると終点まで来ていた。
(……これからどうしよう)俺は最早犯罪者だ。警察に捕まるか、どこか遠くへ逃げるか……。
どちらにしてもこの子と一緒では厳しいだろう。
しかし、彼女が望んでいるのは俺との逃亡生活。とても現実的ではない。
「せんせ、どこ行くの?」
「……」
「ねえせんせったら」
「今考えてる」「じゃあ私も考える」
「……」
「せんせと一緒ならどこでもいいなぁ」
「……」
「ふふ、楽しい」
「……」
「せんせ、手繋いでも良い?」
「……」
「やった」
「……」
「えへへ、せんせの手あったかい」
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