告白ノート

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 靴を履き、扉を開ける。そこには白いカーディガンを羽織った一人の女の子が佇んでいた。知っている顔である。中学ではちょっとした有名人。その美貌はさる事ながら勉強もお手のもの。しかも多彩であり数々のコンクール優勝者である。入学式の日には噂の中心になるだろうと思っていたが、運悪く風邪を引いて休んだらしい。どうやら体調はもう治ったようだ。  短めの挨拶を交わし、居間に通して麦茶をテーブルに置く。先程までむさ苦しい男性二人のくだらない空間が、途端に煌びやかな絵画になる。 「さて、まずは来てくれて感謝するよ」彼は微笑んだ。 「いえ、こちらこそお招き頂きありがとうございます。お力になれるよう精進します」  丁寧な言葉遣いである。とても学生の出す雰囲気じゃない。どこかの国のお嬢様だと言われても信じてしまいそうだ。 「それじゃあ早速で悪いけど、頼むよ」 彼女は頷くと美しい所作で道具を揃え、あっと言う間に鑑定を開始した。まさか筆跡鑑定も出来るなんて予想がだった。しかし、彼女ならあり得ない話ではない。 「これって俺は必要ないんじゃないか?」  筆跡で犯人が分かるなら、俺の出番なんて元からないではないか。一体何の為に俺の家まで来たのだ。 「いやいや、僕たちにも役割はある。裏付けだよ。筆跡だけで犯人を特定してもいまいち納得しにくい。推測でもいいから言葉にしておきたいんだ」  要するに結論は分かっても仮定が分からないと納得出来ない。そう言う事らしい。さて、と彼は両手を擦り付けた。 「誰が鶏を殺したか。それに付随した靴の事件はどうして起こったのか。どうやって絞り込むべきだと思う?」  急に問われると焦る。俺は今まで聞いた事と出来うる限りの手法を思い出す。数分思考の海を彷徨い俺は口を開いた。 「取り敢えず重点を置くべきは誰が殺したと書いたかだ」彼は続きを促す。 「俺たちの告白ノートには真実はどうであれ然るべき時間帯にクラス全員分の秘密が書かれた。そこに殺されたと記されていたからには、必然的に俺たちのクラスに犯人がいる事になる」彼は頷いた。 「書かれた事が真実ならね。僕も不安なのはその点だよ。もしも虚言だったらこの会は全く無駄になる」  それでもこの会を開いたのは少しでもある可能性に賭けたいからであるようだ。 「さらに靴の事件。もし仮に鶏の事件と同一犯ならば、犯人は今そっちの学校に在籍している事になる」 「素晴らしいね。僕もその通りだと思うよ」  彼もそこまでは考えていたようで条件に当てはまる3人の名前を俺に伝えた。3年間同じクラスで過ごした筈だが余り聞き覚えがなかった。 「そこからは僕もお手上げだよ」 これ以上は考えても無駄だろう。誰が書いたかは一旦棚に上げ、今度は鶏の事件について話す。 「そう言えばどうして1羽だけ潰されて殺されたんだろうな。最後まで締め殺した方が効率がいいのに」 「殺し方についてなら僕も思う所があるよ」彼は顎に手を当てる。 「どうにも納得いかないんだよね。現場だけ見れば残虐。けれど、殺し方はとても丁寧なんだ。血の一滴も出ちゃいない」 快楽の為に殺した訳じゃないということか。それじゃあ何のために殺したのだろう。 「生きている鶏を最後に見たのは誰だったと思う?」 「多分、先生だね。飼育係は基本毎日餌をあげにいってただろうけど、最終的な確認は先生の役目だから。あの日も多分放課後に確認したんじゃないかな」  飼育係の担当は俺たちのクラスの担任である。優しいかった先生はあの時現場を見たショックが大きかったようで酷く青ざめていた。しかし、芯が強い方でもあった為、立ち直った後は俺たちを献身的に支えてくれた。 「それじゃあ犯行は先生が確認した後に起こった訳だが、例の3人は何か部活に入っていたか?」  もし3人の中に犯人がいるならば、放課後に犯行を行った筈だ。もし誰か部活に入っていなければそのフリーな時間で殺せたかもしれない。 「一人帰宅部だった奴はいるけれど、あんまり期待出来ないね。暗闇に乗じて殺害出来たとは言え、人がいるんだ。そんな堂々と5匹も殺せないさ」  それもそうだ。結局どんなに考えようと振り出しに戻る。やはりどうにも情報が少ない。唯一の希望はやはり。 「あの、すみません」 透き通った声が聞こえた。どうやら鑑定が終わったらしい。 俺たちは身を乗り出した。 「どうでした。何か分かりましたか?」 彼女は言うかどうか逡巡し、か細い声で答えた。 「誰とも筆跡が合いませんでした」
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